376.爆発
気体が抜けて軽くなった飛行船の袋を四つの爪で鷲掴みにして、少しでも下に広がる町や村から遠ざけるべく全速力で急ぐエルヴェダー。
下から聞こえてくる自爆装置の残り時間のカウントダウンは、残り四十五秒となっている。
「もう後一分もないわよ!!」
『わーってら!! くそ、これどこに捨てりゃあ……』
最初は海に運んでそこで爆発させようかと思ったが、残りが一分もないとなれば海の上に運ぶだけの時間がない。
ならどこに捨てればいい?
この自然の多い場所では最悪、広い平原があればそこの中心で爆発させてもよさそうな気がするのだが、このヴィーンラディを看視しているアサドールからクレームが来る可能性があるのでそれは気が引けるエルヴェダー。
「ねー、どーすんのよぉ!! 後三十秒切ったわよ!!」
『うるっせうるっせうるっせ!! 俺様だってどこに捨てていいか……あ!!』
そうだ、確かこの近くにはあれがあるじゃないか!
ふとそのことを思い出したエルヴェダーは、そこだったら安全に爆破することができると思い、大きな飛行船を抱えながら必死で翼を動かして飛び続ける。
左に旋回し、その安全に爆発させられる地点を目指して飛び続けていくと、残り十秒ほどの時点である場所へとたどり着いた。
『あそこだ!』
「あ……あそこ!?」
『そーだ!! 海の上よりもむしろ安全かもしれねえ!!』
説明している暇はないので、その場所の上空まで飛んでから一気に飛行船を落とすエルヴェダー。
そしてすぐに首を回して旋回し、全速力でその場所から離れていく。
まさかあの場所に捨てるなんて……とルディアが後ろを振り返ったその瞬間!!
「きゃっ……!!」
思わず悲鳴を上げてしまうほどの、黒煙を伴った大爆発の「上部だけ」が見える。
あんなのが空中で爆発していたとしたら、そして少しでも捨てるのが遅れていたとしたらきっと自分たちの命はなかっただろう。
まさに超大型爆弾となっていた例の飛行船だが、土壇場で捨てる場所を間違えなかったのは正解だったかもしれない……とエルヴェダーはホッと安堵の息を吐いた。
『はー……これで危機は去ったぜ……』
「そ、そうね……でもまさか、あんな谷底があるなんて私知らなかったわよ」
『確かお前は余り王都から外に出たことはなかったって言ってたっけか。だったらわからねえのも納得かもな』
エルヴェダーが飛行船を捨てる場所として選んだのは、切り立った崖の下に広がる深い……かなり深い谷底だった。
崖の上から飛び降りたとしたら、底にたどり着くまでに五秒はかかるであろうと思われるその高さで、谷底には誰もいないとなれば捨てる場所としては絶好のポイントだった。
そして麻薬が仮に爆散されたとしても、周辺には町も村もなければ魔物たちの生息地となっているような場所もない。
『あそこはなー、古代穴の一種なんだよ』
「古代穴?」
『そーだ。天変地異で地面が陥没したリサ、大きな地割れとかが起こったりするだろ? あそこはその昔、魔物たちの大戦争と地震とですげえ大きな地割れが起きて、あの辺り一帯が陥没したんだ』
しかし、その陥没を直すには手間も暇も時間もかかるし何よりその規模がなかなか大きなものだったため、ではどうしようかと考えたのは「逆に広げて大きな穴にしてしまえばいい」というものだった。
『あそこら辺を広げて整備して、何かまた二次災害があるとやばいから近づかないように周囲に勧告も出したんだ。だからあの辺りには誰も住んでねえんだよ』
「そうだったの……」
『まー、まさかあの場所がこんな形で役に立つなんて思ってもみなかったけどよ』
何にせよ飛行船爆弾の脅威はこれで回避されたわけなのだが、問題はまだ残っている。
そう……主犯のアルツという騎士団員を見つけなければならない。
『それよりも逃げて行った騎士団の奴らとか、麻薬組織の奴ら見つけねーとな。ほっといたらまた同じこと繰り返してもおかしくねえから、さっさと見つけて倒しちまわねえと』
「そうね……」
でも、飛行船を処分するのに必死で連中が降りて行った場所などを気にする余裕などはなかった。
とりあえず落下傘部隊が数多く降りて行った場所を中心に探してみれば何かわかるかもしれないと考えたルディアは、エルヴェダーにその場所に戻るように指示を出した後で、王都やルギーレたちにも連絡を入れておく。
「もしかして、どこかの町みたいな場所が炎に包まれるような夢はこれだったのかしら?」
『さーな。でも光景としては近いんじゃねえの? すげー爆発だったし』
あの飛行船にはいったいどれぐらいの爆薬を積み込んでいたのか、考えるだけでも恐ろしい。
それをうまく処理できた自分たちはまさに九死に一生を得たのだと考えるエルヴェダーとルディアだが、別の場所では別の人物が九死に一生を得るか得ないかの事態に陥っていた。




