375.落ちる
爪が食い込まないように細心の注意を払いつつ、予言者の少女を乗せた赤いドラゴンはスピードをコントロールしつつ、飛行線の上にバッサバッサと音を立てながら降下していく。
飛行船も移動して逃げようとするものの、さすがにそんなに縦長で機動力も高くない、図体の大きな乗り物では空の覇者であるドラゴンに勝てるわけがなかった。
なすすべなく飛行船はドラゴンに捕獲されてしまったが、捕獲したエルヴェダーたちにとってはむしろここからが本番であるといえる。
【うおーしゃ、ここから体重をかけてゆっくりと下に……】
爪の手入れは四本の足全てを定期的に岩で研ぐなどして、常に鋭くなるように心がけているエルヴェダーだが、今回はその鋭い爪が思わぬ仇となってしまう可能性がある。
大きな袋のなかに気体を入れて膨らませて、それによって上昇する仕組みの飛行船だからこそ、一歩間違えば自分たちも何らかの要因で大爆発してしまう可能性があるからだ。
そもそもこの飛行船は、ハワードとヴェンラトースが敵の一人から聞き出した話によれば爆発させる前提で造ったものらしいので、最悪の場合は道連れという形で巻き込んで自爆する可能性も十分に考えられる。
だからこそここは慎重にならなければ……と、普段はどちらかといえば大雑把な性格でこうした繊細なコントロールを要求される作業は苦手なタイプのエルヴェダーだが、今はそんなことも言っていられない状況なのだ。
「ゆっくり……体重かけないように……」
『わーってら。話しかけんな!』
今は誰にも口出しをされたくないエルヴェダーは、ルディアの声も含めて全ての雑音をシャットアウトする方向で集中する。
そのまま飛行船の袋の上に着陸し、ぐいぐいと下に向かって自分の重さに身を任せて飛行船の高度を下げ始めるエルヴェダーだったが、ここでルディアの指摘によって重大な問題が発覚する。
「あれ……ねえエルヴェダー、ちょっと待って!!」
『な、何だよ!?』
「このまままっすぐ下ろしていって、そこに町とか村とかがあったら直撃しちゃうわよ!!」
『あ……』
爆発させるならさせるで低い位置で爆発させれば、上空で爆発させるよりも当然狭い範囲にだけ麻薬が爆散することになるので、そうなった場合はその周辺一帯を隔離地帯にして麻薬の浄化作業をすればいい。
しかし、もし下ろした場所がルディアの言う通り町とか村だった場合は重大な被害が出てしまうのは目に見えている。
下ろすことばかりに集中していて、その部分に対する考えを失念していたエルヴェダーは、こうなったら南に向かっているこの飛行船を海の上に持っていこうと画策する。
だがどうすれば?
そこは自分のこの翼がカギとなるのであった。
『仕方ねえ……疲れるけど、こーなったらやるしかねえぜ!!』
「う……!?」
エルヴェダーは自分から見て右の翼だけをバッサバッサと激しくはためかせ始める。
こうすることにより、右だけに力を与えて自分の身体の流れを左方向に向かって流れるようにするのだ。
本来であれば身体を垂直になるまで大きく傾けることで容易に旋回ができるのだが、今そんなことをしたら袋が一気に破れてしまう可能性がある。
それに、さすがに飛行船を抱えたまま身体を傾けることは重さの面から不可能だった。
仕方がないので翼を動かして旋回を始めたエルヴェダーだったが、そこでまたルディアからとんでもない発言が飛び出した。
「あー、ちょっとちょっとエルヴェダー!! 急いで!!」
『今度は何だよ!?』
「自爆……」
『は?』
「自爆装置が作動したって飛行船から聞こえてきてるのよ!!」
『……なっ、んだとぉ!?』
ルギーレほどではないもののレイグラードの加護を受けており、それによってさまざまな身体能力が向上しているルディアは、聴力も向上していたのである。
その向上した聴力で飛行船の船内アナウンスを聞き取った彼女だが、それ以上に驚愕の光景を今度は目にすることになる。
「あ……みんな飛び降りていくわよ!!」
『くそ、俺様たちだけで爆発しろってのかよ!?』
ルディアが下を見てみれば、落下傘を使って騎士団員たちや麻薬組織の人間たちが次々に地上へ向かって飛び降りていくのが見える。
それは自爆装置が作動したことを裏付ける光景でもあるのだが、それよりもこのまま飛行船にくっついたままでは自分たちだけが爆発して終わってしまう。
だからといってここで自爆させてしまっては、この辺り一帯だけでなく上空の風に乗って広範囲に麻薬が撒き散らされてしまう。
どうすれば……どうすればいい!?
『よし……こーなったらしゃーねえ、一気に下に降ろすぞ!!』
「え……きゃあああああああっ!?」
再びイチかバチか。
エルヴェダーは爪で飛行船の袋に穴を開け、一気に中の気体を逃がして袋を掴みつつ降下する作戦に出た!!




