372.黒幕とは
「おらああ!!」
「ぐほっ!?」
レイグラードの加護によって身体能力が向上しているせいもあって、ルギーレは抱き着いたままのロングバトルアックスの上に立って一気にその柄の上を渡る。
そんな人間離れした動きができるのもレイグラードのおかげではあるのだが、それに伴ってジェディオンの体勢も崩れる。
「ぐ……ううううっう!?」
「おおっ、と!!」
ルギーレの重さに耐えきれずに膝をつきつつ、ついに愛用の武器を手放してしまったジェディオン。
その武器の上で上手くバランスをとりつつ、ルギーレは足のバネを使って跳躍しジェディオンの顔面に膝を叩き込んだ。
「がはっ!!」
「おら、おら、おらあああっ!!」
「ぐっ、あ、ごあ、ぐっ!!」
膝蹴りによって視界が揺らぐジェディオンの胸ぐらを掴み、更に腹に膝蹴り。
ジェディオンは鎖かたびらを着込んでいるはずなのに、その防御力までもがルギーレへのレイグラードの加護によって無効化されてしまい、直に内蔵へと衝撃が伝わってしまう。
そのまま力任せにジェディオンを横に向かって突き飛ばし、先ほど彼が手放してしまったロングバトルアックスを両手で拾い上げ、身体ごとそれを回転させて勢いをつける。
そのロングバトルアックスは、突き飛ばされてたたらを踏んだジェディオンの身体を的確に捉えて斬り裂いた。
「がは……っ」
「……おい、てめぇたちの本当の目的は何だ!? 答えろ!!」
しかしすでに、ルギーレが駆け寄った時にはジェディオンは絶命していた。
本当なら殺さずに情報を聞き出すつもりだったのだが、これもレイグラードの加護なのか攻撃力もアップしていたようで、勢い余ってそのまま殺してしまったのが悔やまれる。
ひとまずここは下の船室兼倉庫に戻って加勢しようと考え、レイグラードを再び手に取ったルギーレのもとに一人の男が現れた。
「ルギーレ、黒幕はそいつじゃない!!」
「は?」
今しがた絶命したばかりのジェディオンが、黒幕じゃない?
自分の耳を疑うようなその発言が飛び出してきたのは、先ほどルギーレがジェディオンを追いかけるために使った階段を駆け上がってきたデレクだった。
ここにきていったい何を言っているのかと、その水色の髪の毛を持っている男に向かって唖然とした表情になるルギーレだが、当のデレクはそんな彼の表情の変化に構わずに話を続ける。
「下の奴らは全員倒したんだが、そこで見つけた資料に書いてあったんだ。黒幕は他の騎士団員だと!!」
「え、じゃあこのジジイは黒幕でも何でもなくて、ただの下っ端?」
「いや……そいつもそいつで幹部クラスの奴みたいなんだけど、黒幕というかこの麻薬事件を全て裏で操っている騎士団員は他にいるんだよ!!」
船室で見つけた資料に書かれていた黒幕の名前は「アルツ・ジクラム」。
三十三歳の王国騎士団員で、今回ルギーレたちが関わっている麻薬事件の主犯。
命をかける割に給料が安い騎士団の仕事に嫌気が差し、麻薬の密売を計画し裏社会と手を組んだ。片手剣の使い手で、騎士団員の中でも技の冴えはピカイチだという話だが、その男は果たしてどこにいるのだろうか?
「ここにはいなかったのか?」
「ああ、少なくともここにはいないみたいだ。となると他の船かまた別の場所か……」
「くそっ、何だってんだよ!!」
せっかくジェディオンを倒してこれで全てが終わったかと思いきや、黒幕は別にいてまだのうのうとどこかで麻薬の密売に手を染めているだって?
それじゃ今までの苦労は一体何だったのかと、ルギーレたちの表情に怒りと焦りの色が浮かぶ。
「とにかく俺たちがここでああだこう出している場合じゃねえな。とりあえず他の船も全て制圧して、それでも見つからなかったらまた手掛かりを探すしかねえだろう」
「ああ、それしかないな……」
更なる調査が必要となってくれば、その間にも主犯のアルツとやらは逃げてしまうかもしれない。
とにかく主犯が他にいて、正体がわかっているだけでも良しとするべきなのだろうが、当のルギーレたちはそんな嬉しさなんか無い。
むしろ悔しさしか浮かんでこないのだが、この状況ではそれも致し方ないことであった。
「悔しいぜ……ここまで来てこれかよ!!」
思わず床をガンッと蹴りつけながら悪態をつくルギーレ。
しかしそんなルギーレたちがいる南の船の上から遠く離れている、もう一つのチームが向かった北の方でも悪態をつきながら床を蹴っている人間がいることは、ルギーレたちは知る由もなかったのである。




