36.追ってきた悪魔
幸いにも研究所にはあの男の手は回っていないようだが、ここに気づかれないとも限らないのでさっさとレイグラードのありかまで案内してもらう。
しかし、ここで思わぬトラップが待ち受けていた。
「やべ、出入り口は魔術のロックがかかってやがる。このまま進むと魔術で俺たち消し炭になっちまうから、俺が話をつけてロックを解除してもらう」
「わかりました」
研究所という施設であるがゆえに、この出入り口を始めとしていろいろな箇所に様な種類のロックやセキュリティをかけている。
出入り口ですらこの防犯意識の高さなのだが、中には副騎士団長のユクスや騎士団長のザドールですら入室が禁止されている区画もあるらしい。
それを知っているユクスは事前にディレーディから即席の許可証をもらい、全部のセキュリティを一時的に解除させてもらった。
「よし、これで中に入れるぜ」
「なら急ごう!」
ユクスに先導されて、セキュリティフリーになった研究所の中を走り回る三人。
しかしこんなときに限ってタイミングが悪い出来事が起こる。
ロックがすべて解除されたということは、当然外部からの侵入者も迎え入れることができてしまうというわけで……。
「へえ……ここかよ」
炎の悪魔は、執務室で自分に挑んできたシュヴィスとブラヴァールを返り討ちにして、人目を避けるべくあの隠し通路と裏路地を通ってここにやってきていた。
その執務室のデスクの引き出しの中から見つけた、レイグラードの保管場所を記している書類を頼りにして。
出入り口の警備兵を炎をまとった左手の獲物で一刀両断して、なぜかロックがかかっていない正面の出入り口からゆうゆうと中に踏み込んだ。
「おいおっさん、研究所の中に入ったからもう少しで例のブツを手に入れられそうだぜ」
『わかった。手段は任せるが手早く済ませろよ。俺もトークスも大怪我で動けねえからお前だけが頼りだ』
「任せとけって。城で隠し通路見つけてラッキーな俺が、おっさんの分とトークスの分はしっかり穴埋めしてやっから」
あの黄色いコートの男は、確かおっさんとトークスが一回ひっ捕らえたやつだ。
それを思い出して魔術通信で自分の雇い主に連絡を入れた、炎の悪魔ヴァレル・ジュノリーがその異名に恥じない実力を研究所にいる人間たちに発揮していく。
国立の研究所というだけあって警備を担当するのも腕の立つ騎士団員たちなのだが、ヴァレルはその圧倒的な実力を武器に突き進んでいく。
魔術のみならず剣術や体術に関しても一流の実力を持つ彼は、進むべき道が違えばそれこそ「あの」勇者パーティーにいたであろう人物だ、と雇い主のウィタカーから言われたこともあるくらいなのだから。
「おらおらっ、どきやがれってんだよザコどもがよぉ!!」
「ぐあ!?」
「ぎゃああああっ!!」
炎をまとった斬撃は致命傷を与えるのみにとどまらず、その傷を中心に燃え広がる炎で敵を消し炭にする効果もある。
さらに斬撃だけではなく、ヴァレルはまとわせた炎を斬撃の動きによって四方八方に飛ばすこともできるのだ。
その証拠に、バタバタと荒々しい足音を響かせながら向かってくる警備の騎士団員たちを目の前にして、彼はやや大きめのモーションで横薙ぎを繰り出す。
距離としては完全に射程距離の外だが、狭めの通路を通っている今はその斬撃の動きで飛ばされる火炎をぶつけるだけで十分だった。
「あああっ、ああ、あつううう!!」
「ぎゃはああああっ!!」
火あぶりにされる罪人のように、炎に包まれて燃えていく騎士団員たちを横目で鼻で笑いながら一瞥し、ヴァレルは研究所の奥へと進んでいく。
それとともに、今度は肩を震わせつつ口をニイッと笑みの形に変える。
その緑の瞳には狂気的な光が宿っていた。
「くく……くくく、ははは……あっはははははは、これだから狩りはやめられねえんだよなぁ!! 傭兵っていう大義名分もらってれば、やりたい放題殺したい放題なんだしよぉ!!」
そう、レイグラードという剣を奪うというのはあくまでも表向きの理由に過ぎない。
殺人愛好癖のある彼にとっては、断末魔の絶叫を上げながら人間が死んでいくのを見るのが何よりもの快感なのだ。
「心が躍るぜぇ……あ、そういやあここは研究所か。だったら実験に使う燃料を保管している場所もありそうだから、仕上げにそこを吹っ飛ばして全員丸焦げにしてやるぜっ……はは、ははははははははっ!!」
ヴァレルは気が触れたように笑いながら、両手のロングソードに炎をまとわせて歩いていく。
その姿はまさに悪魔そのものであった。




