363.船底の人間たち
一体ここで何が起こっているのか?
今の状況を考えると、考えられるのはここで麻薬の人体実験をさせられている人間たちがこうして収容されていることしか考えられないのだが、まずは牢屋の前にいる見張りを倒さなければならない。
仕事熱心なのか、誰も来る気配がないとわかっていながらも神経を張り巡らせている見張りの大柄な男の姿を通路の曲がり角の陰からじっと伺い、助け出すタイミングを計る二人。
「ここの船底通路はなかなか広いみたいだ。地の利は向こうにあるから、増援を呼ばれないうちにさっさとあの見張りを片付けて脱出するしかなさそうだな」
「わかっているさ。さっきデレクにも連絡を入れたが連絡がつかない。ルギーレには連絡がついたから何とかなると思うが」
そう言いながら、ジェクトは懐から一つの物体を取り出した。
「……それは?」
「見ての通り、この船の中で拾った「浮き」だ。これを使ってあいつを一撃で仕留めるだけだ」
「仕留める……」
魔術で仕留めてもいいのだが、魔術を使えば牢屋の人間にも被害が出てしまう危険性があるし、船が壊れてしまう可能性だってある。
この船を偵察して無事に脱出するだけにしようかと思っていたのに、まさか地下においてこんな光景を見てしまったら、たとえ他国の騎士団の人間であろうと見過ごすわけにはいかないのだ。
ジェクトは持ち前の冷静さで、まるで銅像のように動こうとしない牢屋の見張りを一撃で仕留めるべく、意を決して飛び出した。
「……誰だ……ぐっ、ぎゃっ!?」
「おお……」
その早業はクレガーも思わず、心の中で称賛を送るほどのものだった。
まず牢屋の前の通路に飛び出したジェクトは、見張りに自分の存在を悟られたとほぼ同時のタイミングで拾った浮きをその男の顔面目掛けて投げつける。
浮きが飛んできたことで一瞬スキができた彼の顔面目掛け、走りこみながらの跳び膝蹴りをお見舞いしてやることによって宣言通りの一撃ノックアウトを完成させた。
「よし、鍵もこの男が持っているな。お前は警備隊員たちに連絡を入れてくれ。それから誰か他の人間が来ないか見張りを頼む」
「わかった」
違う国の騎士団員だからと言って、麻薬漬けになっている人間たちを見逃してそのまま帰ることができるほどジェクトも落ちぶれてはいない。
たった今、自分が倒した見張りの男の懐から取り出した牢屋のカギを使って錠前を解錠し、牢屋の中にいる人間たちを保護しようとしたのだが……。
「駄目だ、俺たちだけではどうにもならなさそうだ」
「……そうらしいな」
完全に麻薬漬けにされてしまっており、厳格でも見ているのか目がうつろだったり訳のわからない言葉を延々とつぶやいていたりするだけで、自分たちだけではこの船から全員運び出すのは無理そうである。
それに、この船底をすべて見て回ったわけではないので他の所にも同じように麻薬漬けにされてしまった人間たちがいるかもしれない。
クレガーはこの船底の人間たちをすべて保護できるだけの人員を集めるようにこの町の警備隊に指示を出し、ジェクトとともに他の場所も見て回る。
すると、もう他に牢屋はなかったのだが船の底にある部屋を見つけた。
「……ここは倉庫みたいだな」
「何かあるかもしれない。調べてみる価値はありそうだ」
二人は顔を見合わせて頷き合い、そこまで広くはない倉庫の中に乱雑に置かれた様々な物を調べ始める。
その多くは食料や生活に必要な小物類なのだが、この船底の牢屋にいる人間たちに使われていたものであろう麻薬がぎっしりと詰め込まれている木箱もある。
「それから船を動かすための燃料が入っている樽に、どこで何の積み荷を下ろすか書いてある資料に……こう言っては何だが、こういうものはもっときっちりと整理しておくもんじゃないのかな」
「俺もそれは同感だ」
クレガ-の本音のぼやきにジェクトが同意したのだが、この船を調べ始めてまだそれほど時間が経っていないのにこれだけの重大な事実が発覚したとなると、残っている他の船もきっちりすべて調べる必要があるのは言わなくてもわかることだった。
「とりあえず地下で見て回るのはこれで終わりだな。さっきの見張りの男は縛り上げて口も塞いであるが、いつ気絶から回復するかわからないから、俺たちは他の所を見て回ってみよう」
「そうだな」
再び顔を見合わせて頷きあった二人だったが、その瞬間この倉庫の上の方からドタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。
「……何だ?」
「嫌な予感がするんだが……」
そのクレガーの予感はどうやら当たってしまったらしい。
ジェクトの持っている魔晶石に連絡が入ったので出てみれば、その予感にピッタリマッチした内容の切羽詰まった声色が耳に聞こえてきた。
「……俺だが」
『ジェクトさんですか!? あ……すみません、敵に見つかってしまいました!!』




