354.逃げて行った女
一方そのころ、ルディアとエルヴェダーとジェクトの三人は出てくる敵を倒しながら研究所内を進んでいた。
やはりこの研究所は内部がかなり広いので、二人だろうが三人だろうがすべて探索するのに時間がかかる。
それでもあの逃げて行った黒いシャツの女を探さなければならないのは変わらず、今の状況ではなかなかに疲れるものだ。
「は、はぁ……はあ、ちょ、ちょっと休憩……」
『まったく、しゃーねえなあ』
「仕方ないでしょ……私はあなたたちと違って体力がないんだから……」
ルディアが荒い息を吐きながらそう言うのを見て、エルヴェダーが自分でも使える回復魔術をかけてやる。
だが、それを見ていたジェクトが思わぬ一言を口から言い出した。
「……休んでいる暇はなさそうだぞ」
「え?」
『……あ!?』
ジェクトが指を差す方向には、タタタッと通路を駆け抜けていくあの女の姿があった。
黒いシャツだけならいくらでもいるが、あの二色の髪の毛はインパクトが強すぎて忘れたくても忘れられないレベルなので、ジェクトはその女の姿を視界に捉えた瞬間に駆け出していた。
しかしルディアを放っておけないので、エルヴェダーは彼女を自分の背中に掴まらせて左手で彼女の身体を支え、右手一本で槍を振るう。
やはりここは何千年も生きてきているドラゴンなので、魔術師たちを相手に相手がきちんとできている。
『火を使えるポイントには気をつけなきゃなあ』
どこで麻薬の製造が行なわれているかわからない上に、自分の火力によってはこの建物がすべて焼け落ちてしまう危険性もあるので、そこはきちんと見極めながら進まなければならない。
そう考えつつ、今の通路の突き当たりにあるT字路を左に曲がって女を追いかける。
鉄の壁やらスプリンクラーやらが設置されてはいるものの、女も逃げることに必死なのかはたまた追われていることに気が付いていないだけなのか、それらを作動させる気配は今のところないようである。
それならそれで好都合だと思いつつ、エルヴェダーは自分の足に魔力を乗せて加速する。
「う、うわわわわっ!?」
『しっかり掴まってろ!』
ジェクトを追い抜いて一気に女に接近するエルヴェダーだが、その彼女が後ろを振り向いたことで事態は急変する。
「え……くっ!!」
ようやく自分が追われていることに気が付いた彼女は、咄嗟にブレーキをかけて地面に横倒しになる。
すると後ろから追ってきていたエルヴェダーは止まりきることができず、女の身体につまずいてしまう結果となった。
『うおっ!?』
「きゃあああっ!?」
前のめりに倒れこんだエルヴェダーの背中から投げ出され、ルディアが吹っ飛んで同じく前のめりに地面に叩きつけられ、そのままゴロゴロと地面を転がった。
猛スピードで走る馬車や馬から投げ出されたようなものなので、その衝撃はなかなか大きい。
「……ふん」
女はそれを見てさっさと別方向に逃げ出そうとしたが、その後ろから追ってきていたジェクトと鉢合わせになってしまった。
「どこへ行く?」
「何よあなた。……ああ、あのスプリンクラーのある研究室で戦っていた男ね。私と戦おうって言うの?」
「大人しく投降すればよし、投降しないなら実力行使だ」
そう言いつつバスタードソードを構えるジェクトだが、女は不敵な笑みを浮かべる。
「実力行使? あなた、ここが敵地のど真ん中だってわかっててその発言をしているわけ?」
「ああ」
「ふーん、どこの誰かは知らないけど、それじゃ現実を見せてあげるわ。……ねえちょっとみんな、こっちよこっち!」
「え?」
女がジェクトの後ろに向かって叫ぶので、ジェクトは増援が来てしまったのかと後ろを振り向く。
しかし、それこそが女の狙いだった。
「ぐぶっ!?」
「ふふふ……頭は使うためにあるのよ!」
二本のナイフが腹に突き刺さる。
その現実を知ったジェクトの側頭部に、女のハイキックが入ったのは次の瞬間だった。
「がはっ!」
「じゃあね!」
『ぐおっ!!』
そのままジェクトを放っておきながら退散する女は、起き上がろうとしていたエルヴェダーの顔面を蹴り飛ばし、さっさと通路の奥に向かって駆け出していく。
だが、回復魔術を自分でかけて回復したルディアは何とか立ち上がり、その女を追いかけだした。
『あ、ル……ディ、ア!』
一人じゃ危険だとエルヴェダーが止めようとしたが、顔面を蹴られたのとジェクトの負傷を治療しなければならない現実がそこにあった。
一方のルディアは、せっかく見つけたあの女をここで逃がすわけにはいかないので、その背中を見失わないように走り出した。
(この状況で疲れたなんて言っていられない! 何としても捕まえるわよ!)




