353.蝶が舞い、人間が刺す
大熊サイズの蝶が、バサバサと音を立てながら部屋の中を飛び回り始めた。
動くものに反応して行動を始めたらしいのだが、あの蝶の動きを封じない限りここから出られないだろう。
そこでどう戦うかを考えるわけだが、ここはやはりアサドールの植物を利用した特殊な魔術の利用だろう。
それを踏まえて人間たちはドラゴンの化身に期待の表情を寄せるが、当のアサドールは浮かない表情である。
『まあ……やるだけやってみるが期待はしないでくれ』
「アサドールさん、そんな消極的なキャラでしたっけ?」
『見ていればわかるだろう』
そう言いつつ、アサドールは地面から植物のツタを出して大きな蝶を絡め取ろうとするが、相手は今までにないぐらいに薄い羽を持ち、身体も小さなもの。
もちろん、普通サイズの蝶と比べればかなり大きいのは言うまでもないのだが、問題は今まで対峙してきた数々の敵を遥かに上回るその機動力にあった。
「そ、そんな!!」
「大きくなってもやはり蝶は蝶ってわけか……」
ヴェンラトースとルギーレそれぞれがリアクションを取るその先では、蝶が自分に向かって迫ってくるツタをヒラリヒラリと容易く回避して、悠々自適に室内を飛び回る姿があった。
考えてみれば、蝶という生き物は花から花へと栄養分を求めて空を動き回る生物である。
サイズが大きくなろうがその習性は変わらない上に、その気になれば素早く動き回ることだってできるので、危機回避能力は抜群に優れていると言っていいだろう。
ならば弓で何とかしようと考えても、一直線にしか飛んでいけない矢を避けるのは、それこそ蝶にとって朝飯前の簡単さだった。
「くそっ、なら俺が……!!」
「待てって」
「ぬお!?」
レイグラードで一刀両断にしてやると考えたルギーレの襟首を、グイっとつかんで止めるハワード。
「あの羽ばたきから漏れる粉。あれがどんなものかわからない以上、むやみに突っ込んじゃいけないだろう」
「いや、そうじゃないんです!」
「え?」
しかし、ルギーレにはルギーレなりの考えがあっての行動だったのだ。
「俺がレイグラードを使って衝撃波をこれから飛ばします。もちろんリスクもありますけど、何もしないよりはマシです!」
「うーん、それはそうかもしれないけどねえ。ダメだったら俺たちが魔術で何とかしてみるよ」
「そうです。それでなんですけどね……」
「え?」
人間たちはその後の作戦を立て始める。
ここにはルディアがいない以上、有効的な魔術が使えるのはハワードとヴェンラトースの二人だけなのだ。
アサドールの特殊能力は、素早く動き回る相手にはなかなかロックオンできないことがわかってしまったので、ここはまずルギーレのレイグラードによる衝撃波での攻撃が炸裂する。
「でやぁ!」
その掛け声と同時に振るわれるレイグラードから、衝撃波が弧を描く軌道で風を切って蝶に向かって飛んでいく。
それを蝶は上手い具合に察知し、しっかりと羽をはばたかせて回避する。
だが、そこに今度は別のウィンドカッターが飛んできた。
あの緑色の男が繰り出すツタ以外は今まで単調な攻撃ばかりで、てっきりそれで終わりかと思いきやまさかの連係攻撃。
蝶は避けた先に待っていたその攻撃を回避しきれず、左の羽の半分を持っていかれてしまった。
「よし、次はこれだ!」
ヴェンラトースの繰り出したウィンドカッターに続き、ルギーレももう一度衝撃波を空中に向かって繰り出す。
その衝撃波は蝶の右の羽をすべて持って行ってしまい、無様に落下するしかなくなってしまう。
だがそんな蝶に対しても人間たちは容赦せず、更にハワードのバスタードソードから繰り出される衝撃波が蝶の身体を襲った。
狙いはやや外れてしまったものの、それでもダメージとして効果は抜群であり、致命傷を負ってしまった蝶は地面に落下してピクピクと断末魔の痙攣を起こした後に完全に動かなくなってしまったのである。
「よし……やったぞ!」
「でも、あの蝶は一体何なんだ?」
ガッツポーズを繰り出すルギーレだが、その横でハワードが疑問を投げかける。
それに反応したのはアサドールだった。
『……吾輩はあの蝶がどんなものか調べてみたい』
「え?」
『心配するな。すぐに追いつく。それに早くいかないとあの女がどんどん逃げてしまうだろう?』
そもそもここに来るまでに、自分のツタや切り株などを使った魔術が大して役に立っていないことに気が付いてしまったアサドールは、自分にできることを考えた結果の発言であった。
謎の粉のこともあるし、ここは人間が不用意に近づくのは危険だろうと考えた彼だからこそ、人間たちを先に行かせることに決めたのだ。
「わかりました。でも、本当にすぐに追いついてきてくださいよ!」
『もちろんだ。……あ、その前にお主たちの波動を吾輩の身体の中に記憶させておく』
そう言うと、アサドールは三人の人間たちの肩をポンポンと軽く叩いた。
時間限定ではあるが、これで三人がどこにいるかを感じ取れるのだという。




