351.あの二人の行方
その事情に気が付いたのは、ヴェンラトースとハワードを探して歩いているルギーレとアサドールもだった。
「じゃあこの案内板に書かれている内容によると……」
『吾輩の魔術も、本来の威力を発揮できなかったようだな』
ごく一部の内容であるが、この魔術研究所は観光客向けに年に一回だけ見学ツアーが組まれるらしい。
人気のツアーなので毎回多くの見学希望者が殺到するのだが、その観光客向けに作られた内部のガイドブックに記載されている文章から、二人は自分たちが使う魔術に制限がかかっていることを知ったのだった。
「俺は魔術を余り使わないからまだいいとしても、こうなってしまうとアサドールさんにとっては弓をメインで戦うしかなさそうですね」
『そうだろうなあ。吾輩は後ろから援護したいが、問題はこの建物の内部の通路の狭さだな』
前衛に誤射してしまう可能性もあるので、この状況となるとルギーレの背中に矢が突き立ってましたという可能性も大いにあり得ることだ。
だからなるべく敵に出会いませんように……と思いながら進んでいく二人の前にも、そんな二人の都合は全く関係ないとばかりにワラワラと敵が現れてくる。
「あーくそっ、うぜぇ!!」
『ボヤいても仕方がない。やるぞ!!』
うんざりしながらも敵を倒し、先へ進む二人。
すると大きめの部屋があるドアの手前まで来た時、内部から争う声が聞こえてきたのだ。
「……誰かいます?」
『ああ。これは戦いの声だな。戦いってことはもしかすると……?』
その両開きになっているドアの向こうを覗いてみると、アサドールの予想通り激しい戦いが繰り広げられている。
しかし、戦っているのは先ほど二人と別れて捜索に向かったルディアたち三人ではなく、捜索対象となっている二人の人間だった。
「あっ、ヴェンラトースさんにハワードさん!?」
『ううむ……これは加勢しないとまずいな。迷っている暇はないから一気に片付けるぞ!!』
「は、はい!」
先に飛び込んでいったアサドールに続き、ルギーレも部屋の中へと入ってレイグラードを構える。
そして、まだ部屋の中で大勢の敵を相手に戦い続けて疲弊の色が見えているヴェンラトースとハワードに加勢することに成功した。
「あっ、お前たち!?」
「た、助かったよ!」
『吾輩たちが来たからにはもう安心だ。ここでなら吾輩の弓も、それから威力が減らされているとはいえ魔術も存分に使えるからな!!』
そのセリフ通り、今まで通ってきた通路で遭遇した敵たちはルギーレの存在が邪魔で弓を放つことが難しく、魔術で生み出したツタや枝などを駆使して敵の足止めをしているところでルギーレが一気に片を付けるのがパターンとなっていた。
だが、今回は大きな部屋の中。
内部の構造や置いてある物品の類からすると、どうやらここは魔術の実験を行なう部屋らしいので、その分だけ魔術師たちが多めに集まっていたようだ。
『吾輩の実力、少しでも見られてよかったと思うがいい!』
「う、うわぁああああっ!?」
「ぎゃあああっ!?」
何の前触れもなしに床からニョキニョキと生えてきたツタにからめとられる魔術師や、同じく床から生えてきた枝にグッサリと刺される警備兵。
やはり伝説のドラゴンだけあって、人間の姿になっていても体内に含んでいる魔力は人間のそれとは比べ物にならないほどの量があるのだ。
本人が言っている通り威力こそ本来のものでは無いにせよ、人間を相手にするなら全然問題はないらしいのが、ルギーレたち味方の人間にもよくわかる。
更に彼には弓の技術もあるので、そうした援護の甲斐もあって押されていた戦況が一気に逆転し、三人の人間たちはこの魔術実験場を制圧することに成功した……と思ったのだが。
「ふぅ……これで何とか片付いたかな」
「……いえ、まだです副長!!」
「え?」
やっと一息つける。
ハワードはそう思ったのだが、ヴェンラトースの声がその思考を中断させる。
なぜならヴェンラトースの視線の先には、二色の髪の色を持っている軽装の女の姿があったからだ。
そしてそれは、ルギーレとアサドールの探し求めていた人物でもあった。
「あっ、おい待てこの女!!」
「ふふ、待てと言われて待つバカはいないのよ!!」
そう言いながら、女は部屋の一角に設置されている大きな繭のような湾曲している細長くて大きな容器をに近づき、その近くにある壁に取り付けられている赤くて四角いスイッチを左の拳でドンと叩く。
するとその瞬間、まるで繭が生きているかのように左右にモゴモゴと動き出した。
「あなたたちの相手はこれにやってもらうわ!! じゃ、頑張ってねぇ~!!」
『おい待てっ!!』
アサドールは魔術では間に合わないと判断してとっさに矢を放つものの、女はそれを上手くかわして部屋から出て行ってしまった。
そして部屋に残された四人の目の前で、その繭が内側からバリバリと音を立てて破られ始め、中から巨大な黒い蝶が姿を見せたのである……。




