349.消えた魔術師たち
室内で二人の男たちを絶命させたエルヴェダーだが、サルインの方から聞き出したあの女の背中を一度見失ってしまっている以上、ここで引き返すというわけにはいかないのだ。
しかしその前にやらなければならないのは、白髪のヴィルリンに倒されてしまったルギーレとルディアの治療である。
まずは自分の槍の血を上から吹き出し続ける水で洗い流して懐にしまい込み、次に先ほどヴィルリンが下げたレバーを上げて水を止める。
そしてポタポタと水が滴る中で、ルギーレとルディアを片手でそれぞれ抱え上げてアサドールの元へと運んだ。
『おい、アサドール。この二人も手当てしてやってくれ』
『何があった?』
『中にいる二人組に襲われてこのザマだ。それからそっちのジェクトってのは……ああ、問題ないみたいだな』
アサドールの賢明な治療によって、ボロボロになってしまっていたジェクトは何とかこうして回復することができたらしい。
しかしながら、ドラゴンたちは自分たちが思っている以上に人間たちの技術が進化していることに驚きを隠せないでいた。
『これはうかうかしていると、吾輩たちも人間たちに取って食われる可能性があるってことかもしれんな』
『なーに、いざって時には人間たちとの全面戦争も辞さねえ。でも、あのスプリンクラーってのは俺様にとっちゃ海と同じくらいに厄介なシロモンだぜ』
レバーの上に書かれていた「スプリンクラー作動レバー」の文字。
以前ここに来たことがあるというアサドールの説明によれば、先ほどアサドールの生み出した切り株すら押しつぶしてしまうほどの威力を持っている分厚い鉄の壁と同じく、防災設備の一種だという。
『そなたみたいに火属性の魔術を使う人間が、誤って延焼させるような事故を起こしてしまったとか、爆発事故が起こって火災が発生したとかそういう時に天井から水を撒くために使われるものだ』
しかし、このスプリンクラーという設備の設置と作動の仕方にアサドールは擬門を抱いているようだ。
『通常は火を察知した場合に自動で作動する仕組みなのだが、手動で作動できるようにするためのレバーを備えているということは、それだけ事故が多いということなのか?』
『俺様に聞かれても困るなあ。とりあえずこの部屋の中調べてみりゃーわかるかもしれねえな』
自分の服を、自分の体内から魔力を使って熱を放出することで乾かしながら再び水浸し状態の部屋の中に入ったエルヴェダーは、同じく水浸しになったいろいろな書類を発見して何とか文字が読めるようになるまで乾かし始める。
するとその中から一つ、気になる文章が書かれている書類を発見した。
『ん、こりゃあ……おいアサドール、ちょっと来てくれ!』
『えー? 今治療中だから無理』
『……じゃあ俺が行くわ』
その書類をアサドールのもとに持っていったエルヴェダーは、肝心のその文章をルギーレとルディアの治療にあたっている最中のアサドールに見せる。
すると、アサドールの表情が見る見るうちに変わっていった。
『これは……本当なのか? だとしたらこの国を一気に崩壊させるだけの出来事を引き起こすつもりだぞ!』
『こう書いてあるんだからそりゃ本当だろうな。この研究所にはたくさんの機密事項があるんだから、不用意に外部からの人間を入れないようにするってのはわかるが、そのセキュリティの高さを悪用してこんなことを考えていたみてえだな』
そこに書かれていたのは「魔術師たちの有効活用術」という見出しから始まる文章だった。
最初はこの魔術研究所で働く上で必要な、いろいろな研修に関しての資料なのかと思ったエルヴェダーだったが、それだったら「魔術の有効活用術」となっていた方が自然だ。
魔術師たちを有効活用するのは一体どういう意味なのだろうかと首をかしげる彼だが、続きの文章を読んでみると今までの流れでわかった「消えた魔術師たち」の有効活用術だった。
『地下を秘密裏に改造して、いろいろな薬を作成する。それは麻薬のみならず、体内からジワジワと内臓を蝕んでいき最終的には死に至らしめる特殊な薬品。しかも、粉状だから風に乗せて飛ばすのも有効だしあのミサイルとかいう筒状の弾丸に乗せて飛ばすのも簡単』
『でもそれを製造する過程では火薬を使用するし、もし粉が部屋の中に充満してそこに火が点こうものなら大爆発を起こす可能性もある……か。だからそういう事故が起こった時のために、あのスプリンクラーとやらをすぐに作動できるようにレバー式にもしていたのか!』
アサドールは知っている。
『粉を充満させた室内で火をつけると大爆発が起こる。その爆発を「粉塵爆発」と呼ぶ。特殊な粉を使わなくとも、砂糖や小麦粉でもそれを起こすことができる。……まあ、故意にまき散らすようなことをしなければ大丈夫だが、先ほどの壁といいスプリンクラーといい、そうした事故への対策をした上で消えた魔術師たちをこの兵器を生み出すのに使っていたようだな』




