345.足手纏い
魔術師といえども勉学や研究ばかりに励んでいるわけではない。
むしろ、この魔術研究所の中で研究に明け暮れている魔術師たちは自分たちが運動不足になりやすいのを知っており、時折り騎士団の訓練にも顔を出しては武器の鍛錬や魔術を使った戦術の提案、実戦訓練の実施などをしているだけあって、妙に手練れの人間たちが多いのだ。
「やっぱり魔術研究所に通じていたか!」
「できればなるべく犠牲を出さないようにしたいが、激しい抵抗が予想されるからまずは自分たちの身の安全を優先に行動するんだ!」
そう言いながら、ハワードは懐から取り出した魔晶石で自分の主君に連絡を入れる。
「エルシュリー陛下! 俺です、副騎士団長のハワードです!」
『ん? どうした?』
「現在、魔術研究所にて魔術師たちと交戦状態に入りました! 至急騎士団から応援の部隊を回してください!」
『は……?』
エルシュリーが石の向こうで状況が呑み込めていないのがありありとわかるので、ハワードも手短に状況を説明する。
「研究所の地下において、麻薬と思わしき白い粉の製造が確認されました! 騎士団からの応援部隊と、内部調査班の派遣を研究所にお願いいたします!」
『ちょ、ちょっと待て……何が何だか状況が呑み込めないんだが』
「俺だって状況がよくわからないんですけど、今は長々と説明できる状況じゃ……うわっと!?」
前から飛んできた魔術の炎に危うく焼かれそうになったものの、今まで鍛えてきた反射神経を使ってすんでのところで回避に成功したハワード。
しかし、これ以上話していると自分の身が危ないと察した彼はもう通信を切るしかなかった。
「とにかく俺は伝えました! 至急、応援を!」
『ちょ、おい……』
本来ならば殊勲の返事を待ってから切るのが礼儀なのだが、この緊急事態の状況下では礼儀よりも自分の身を優先しなければならないのは、ハワード以外の誰でも明白だった。
(まったく、ややこしいことになっちまったもんだぜ!)
そう思いつつ、自分も両手で扱うバスタードソードを背中の鞘から引き抜いて魔術師たちに立ち向かうハワード。
この研究所で働いている魔術師たちとのほとんどとは顔見知りの関係でもあるが、だからと言ってこんな地下の現状を見せられてしまったら抵抗せずに黙ってやられるわけにはいかない。
そもそも、先ほど放たれた炎だって魔術師の一人が彼に向かって明確な殺意を持って放ってきたものであるからこそ、これでハワードも遠慮する必要がなくなっていたからだ。
しかしその一方で、純粋な技術力で苦戦している人物もいる。
「くっ……!」
思うように敵を倒すことができない。
それがかつて、この国で最強の魔術師と言われていたルディアだった。
ヴィーンラディを離れてからも魔術の勉強は怠っていなかったのだが、ウィタカーたちやマリユスたち、そしてニルスなどといった強敵との戦いを経て成長どころか、自分の魔術に迷いが出てしまっているのだ。
それもこれも、魔術を使えなくさせる薬を盛られたことが無意識のうちにいまだにトラウマになっている。
「……!」
そのトラウマがリズムの乱れを呼び、リズムの乱れがミスを呼び、魔術で最強だったはずの彼女がジリジリと押されていく状況だ。
見かねたアサドールが弓の攻撃をいったんやめ、彼女にもっと後ろに下がるように指示を出す。
『お主は下がっていろ』
「え、でも……」
『いいから下がれ。さっきから見ているが、どうも魔術の威力もキレも詠唱速度も今までのお主とは違う気がする』
これじゃあまるで、魔術を覚えたての初心者と変わらないくらいかもしれない。
アサドールから下された評価は手厳しいものだった。
いや、もしかすると原因は魔術を不能にする薬のせいではなくもっと別のところにあるのではないだろうか?
アサドールはそう考えながら彼女を後尾に下がらせ、自分の魔術と弓の攻撃によって活路を切り開いていく。
それを見て、自分がかなり焦っていることに気が付いたルディア。
(ダメ……このままじゃあ私はみんなのお荷物になっちゃう!)
今まではルギーレをリードしていたような気もするのだが、ここにきて自分の実力が出し切れなくなっている自分が情けない。
アサドールから遠回しに足手纏いだと言われたような気もして、このままじゃあ自分の存在意義がなくなりそうだ。
そんなルディアの目の前では、男たちがそれぞれ魔術師たちを相手にして魔術研究所の中を突き進んでいく。
だがこの世界最先端の技術力を誇っている魔術研究所の中は、今まで戦ってきた戦場とは一味も二味も違うということを、一行はこれから見せつけられることになった。




