343.肖像画の奥
床から天井までの壁の高さを、八割ほど使っているサイズのニルスの肖像画を壁から取り外してみると、そこにはポッカリと口を開けている長方形の通路の出入り口があった。
アサドールが言うには、その奥からバーレンの波動が感じられるとのことでこれはもう進むしかなさそうだ。
「暗いですね……明かりとかないんですかね?」
『しゃーねー、これならまだ明るいだろ』
エルヴェダーはそう言いながら、自分の右手の中に小さな炎を生み出した。
彼はそもそも火属性のドラゴンなので、火は彼にとって息をするのと同じレベルの存在なのだ。
だからこうしてランプ代わりに火を灯すこともでき、今度は彼が先頭になって隠し通路の中を進んでいくこととなった。
『突貫工事もここまで来るとすげえな。でも、この先からは人間の気配が感じられる。誰がどんな目的でいるのかわからねえから、戦闘準備だけはしておけよ!』
エルヴェダーは後ろのアサドールと人間たちにそう言いながら、自分も愛用の槍を服の内側から取り出した。
柄の部分が伸び縮みできるように特殊加工されているものであり、刃の部分も押し込めて収納できる変わったタイプの槍である。
持つ部分を変えれば間合いの広さも変わるので、槍の弱点でもある超近距離の間合いに飛び込まれる前に、相手を突き刺すことが可能なこの槍を持つ理由が、確かに彼にはあるのだ。
『貿易商をやってっと、いろんな奴らが商談相手になるわけよ。話が通じねえ相手だって山ほどな』
そんな相手の場合はさっさと話を打ち切って追い出すのだが、稀に武力行使をしてくる厄介な相手も存在する。
商談場所は彼が今の人間の姿で滞在するために建築した、エスヴェテレスとシュアそれぞれにある大きな屋敷が主なものだ。
『どっちの屋敷でも応接室を商談場所にしてんだけど、物々しく護衛を連れてくる連中だっているし、応接セットのテーブルを挟んだだけの距離にいる相手がいきなり武器を向けてくることだってあったさ』
「だからその槍を?」
『そうだよ。一見すると出しにくいって思われがちなんだが、この上着の裏にこれまた特殊加工の太い吊り紐つけてあんの』
「……もしかして、襟が開いていて妙に着飾っているのはその槍を隠すため……?」
ハワードの指摘にエルヴェダーは頷いた。
『ああ。あんまり薄着だとバレちまうからな。ナイフとかも持ってるけど、何だかんだで使いやすいのはこの槍だからよ』
「へぇー……」
だからそんなに分厚そうなコートを着込んでいるのか……と変な感心をするハワードだが、彼の反応を尻目にエルヴェダーは表情を変えた。
それに気がついたアサドールも同じく表情を変える。
『……おい、アサドール』
『ああ、わかっている。この先から凄まじい血の臭いが漂ってくる。急ごう!!』
走り出した一行は、やけに長いこの地下通路の出口の先に何があるのかを確認するべく、一目散に出口の光の中に飛び込んでいく。
するとそこには、先ほどの宗教団体の壊滅場所とは比べ物にならないぐらいの人間が死んでいる光景があった。
「ひ、ひぃぃっ!?」
「何だこりゃ……爆弾でも落ちたのか?」
『違うな。どうやらこれは武器で殺害されている。あっちもこっちもみんなそうだ』
しかし、それ以上にアサドールが気になったのはこの場所である。
『かなり広い部屋が造られている。その部屋の中にはたくさんのテーブルが等間隔で並べられていて、水の入っている容器や粉の入った袋などがある。そしてこの部屋の中に充満している血液以外の臭いと、床に散らばっている粉……』
その白い粉を指ですくい、ペロリと舌で舐めたアサドールは納得した表情で頷いた。
『どうやらあの宗教団体を隠れみのにして、ここに麻薬の工場を造っていたようだ』
「じゃあ、まさかこの場所のどこかにジェクトさんとクレガーさんがいるってことですか!?」
「その可能性はあるだろうな。でも、私が気になっているのはそこじゃない」
アサドールに続いて、ヴェンラトースが自分の気づいたことを口に出す。
「今まで通ってきた地下通路の長さと方向から考えて、この場所はどうやら魔術研究所の地下に造られているようだな」
「えっ? じゃあ魔術研究所からも出入りができるってことですか?」
「と言うよりかは、出入りのためにここまでさっきの地下通路を伸ばしたって言う方が正しいかもしれない。魔術研究所の地下にこんな施設があるなんて普通は考えないし、国家レベルの重要機密だって取り扱っている魔術研究所であれば、なかなか外部の目が届きにくい区画もあるからな」




