342.それぞれの波動
エルヴェダーいわく、ドラゴンたちが看視者となっている各国の人間たちと、その担当しているドラゴンとの間には奇妙なものがあるのだとか。
『俺様たちは「波動」って呼んでるんだけど、波動を感じることによってどの国にどの国の人間がいるかがわかるんだ』
「波動……じゃあ、アサドールさんはバーレンとこのヴィーンラディの看視担当だから、そのジェクトって人がどこにいるのかもわかるのか?」
『ああ、そうだ。ヴィーンラディの人間は多数いるから波動の見分けが難しいが、やろうと思えばできないことはない。俺様たちも含めて、生物それぞれが持っている波動は絶対に同じものはねえんだよ』
人間で例えるのであれば、指紋が一人一人違っていたり耳の形が絶対に同じものはなかったりということがそれに該当するらしく、ドラゴンたちが感じられる波動も微妙に一人ずつ違うというのだ。
ただし、同じ国の人間同士だとよく調べないとわからないらしく、今回アサドールがジェクトらしき人間の波動を感じ取ることができたのも、バーレンの波動を感じ取ることができたからだと説明する。
『あいつが言った通り、俺様はシュアとエスヴェテレスの人間だったら波動を感じられるんだけど、それ以外の人間からは何も感じられねえんだよ』
「便利なのか不便なのかよくわからないものだな」
やや呆れ気味にそう言うヴェンラトースだが、何にせよジェクトの居場所がわかるのであればありがたいことだ。
そのままアサドールの先導に従って小走りで王都を駆け抜けた一行は、やがて血の臭いが漂ってくる地下への階段を発見した。
「ね、ねえちょっと……この臭いってもしかして……!?」
『間違いなく血だな。誰かがここで争いを繰り広げたみたいだが、まだそのバーレンの波動は感じられる。だから希望を捨てるな!!』
その戦いの痕跡である血の臭いをたどり、地下へと向かった一行が見たものは、まさに地獄絵図となっている広い部屋だった。
「うわ……!?」
「これはひどいな。どれだけの人数にやられたらこうなるんだ?」
ルギーレとヴェンラトースがそれぞれそうリアクションをとるのも無理はなかった。
地下の部屋にはところどころに血だまりができている。
それは無惨にも殺害されている、同じ格好をしている男女たちが流している血だったのだ。
更にその男女は揃いも揃って武器を手にしている状態で息絶えているので、この状況を見る限りではまずこの場所に集まっていたこの男女たちが何者かに襲撃され、そして抵抗を試みるも殺されてしまった。
ここまではわかったのだが、問題はこの部屋の奥にあるドアの向こうからもまだ血の臭いが漂ってくるということだった。
「ここがジェクトさんと、そのクレガーさんって人が乗り込んだ宗教団体みたいですね」
「そうだな。でも肝心のクレガーもそのジェクトという人間も見つからない。となれば残るはあそこのドアの向こうだけか……」
「とりあえず、私は警備隊の人間たちをここに呼んで後始末をするように連絡します」
「ああ、そうしてくれ」
ルギーレとハワードとヴェンラトースがそんな会話をする横で、ルディアがアサドールに質問をぶつけてみる。
「アサドールさん、まだジェクトさんらしき気配は感じられますか?」
『うむ。そのドアの向こうから感じられる』
『よっしゃ、なら行ってみようぜ』
アサドールが相変わらず先頭の状態でドアを開けた……のだが、そこには今しがた通ってきた部屋の半分くらいの広さしかないような部屋があった。
物に溢れているその部屋の中からは、確かにジェクトらしきバーレンの気配が感じられるのだが、肝心のジェクトの姿が見当たらない。
しかし、アサドールは部屋の奥に飾られている一枚の肖像画に視線を向けている。
「どうしたんですか、アサドールさん?」
『いや……あの肖像画からそのバーレンの気配を感じられるんだがな』
「えっ? 本当ですか?」
突然そんなことを言い出したアサドールを信じて、ルギーレがその肖像画に近づく。
すると、それは憎きニルスの肖像画ではないか!
「あれ……これってニルス!?」
「本当だわ! これですよヴェンラトースさん! ハワードさん! 子の肖像画の人が、私たちが話しているニルスっていう悪の根源です!」
「こいつがか?」
呼ばれた二人もその肖像画に近づいてしげしげと眺める。
だが、その後ろでエルヴェダーが別のことに気が付いた。
『あれ? おい……お前らの足元に血の跡があるぜ?』
「え? あ……本当だ。でもこれってさっきの部屋で血だまり踏んだのじゃないんですか?」
『いいや、その肖像画の下を見てみろ。壁と床の境目なのに不自然に途切れた血痕が付いてんだ。これってまさか、この後ろに何かあるんじゃねえの?』




