339.隠れみの
「え? 宗教団体の所にジェクトさんが向かった?」
「ああ。もしもの時の有事に備えて副隊長を尾行させていた、私の部下のクレガーという男から連絡が入ってな。最近噂になっている妙な宗教を広めている団体がこの王都にいるんだが、そこの話をバーレンのあの副隊長が聞き込みで知ったらしい」
部屋にやってきた警備隊の総隊長ヴェンラトースからそう聞いたルギーレとルディアは、現在こうして一緒の部屋でジェクトの帰りを待っていたのだが、どうやら新しいトラブルに巻き込まれてしまったらしい。
「その宗教団体ってのは危ないんですか?」
「タチが悪いのは間違いない。表向きは健全な心の育成を推進するとか、新しい時代を切り開くとか言っているが、その宗教は一度入ってしまったら妙な幸福感に包まれて脱退できないそうだ」
「そりゃあそうでしょ。宗教っていうのはあくまでもアドバイザーみたいな関係なんだから、そこにドップリ浸かっちまうと自分で抜け出せなくなっちまうだろ」
ルディアの質問に対するヴェンラトースの回答を聞いたルギーレがそうぼやくが、実際のところは少し違う意味でタチが悪いらしい。
「いいや、そうじゃない」
「え?」
「タチが悪いっていうのは、その新興宗教が裏でやっていると噂されている麻薬の流通だ!」
「ま、麻薬!?」
「ああそうだ。実を言えば、麻薬はこの国の至る所で栽培されている。自然が多いことを利用して人目のつかない場所で、大量に栽培している奴らが沢山いるんだ」
そういえば以前にも、どこかの国で麻薬を栽培している連中を叩き潰した記憶があるルギーレとルディアだが、国が変わっても同じことを考える連中はやはりいるみたいだ。
「で、でもそれを何で捕まえないんですか?」
「誰が捕まえていないと言った? 私たちだって何度も何度も色々な麻薬の栽培所を叩き潰した。売人だって栽培している側だって大勢捕まえた。余りに悪質な連中は死罪にした者だっている」
でも、それはやはりイタチごっこでしかない。
それどころか、今度は灯台もと暮らしとばかりに王都の中で麻薬が流通するようになってしまったのだとか。
「その通りだよ、ジルトラック隊長」
「ん?」
「ぷ、プレデバーグ副団長!?」
ノックもせずにいきなり部屋に入ってきた、茶髪を無造作に切っている軽薄そうな男。
その男は警備隊のヴェンラトースとは違って騎士団の制服を身につけているため、今までどこか高圧的な態度だったヴェンラトースも彼には平身低頭の態度になってしまう。
「あの……あなたは?」
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったな。俺はハワード・プレデバーグ。このヴィーンラディ王国の騎士団で副騎士団長をさせてもらっているよ」
自己紹介を終えたハワードは、ルギーレの腰に下がっているレイグラードを見る。
「ふーむ、それが聖剣レイグラードか。俺も噂でしか聞いたことがなかったけど、確かになんだか不思議な雰囲気を感じる剣だな」
「不思議な雰囲気ですか……」
「そうだよ。陛下からさっき話は聞かせてもらったけど、この剣は斬った者の魔力を吸い取って溜めているんだって? そしてかの有名なルヴィバーはこの剣の元々の所有者で、最後にはその魔力が溢れ出てそれに飲み込まれて消滅したって……」
そう、そうなのだ。
その未来が待っている剣から逃れようと思っても、気が付くと自分のもとに戻ってきてしまっている。
没収されてしまっても、盗まれてしまってもだ。
「まあ、君はどうかな? 確か前にもこの城に来たんだったよね。その時はまだ勇者パーティーにいて、お荷物だって言われてた君が聖剣の使い手とはね~」
「は、はあ……あの、それよりも俺たちの所に来たのは何か用があったからじゃないんですか?」
「ああ、そうだよ。君の仲間のジェクトっていうバーレンの副隊長が乗り込んだっていう宗教団体についてだ。君がまだそのパーティーメンバーだった時に俺と出会わなかったのは、別の麻薬組織を追って国内を奔走していたからだ」
その麻薬組織を追いかける過程で、どこを拠点に麻薬が作られるのか、そしてどうやって運ばれてきているのかを目星をつけて網を張っていたのだという。
しかし、今回の麻薬事件はどうも話が違うようだ。
「それがね、その地下で宗教やっている集団から運良く逃げ出してきたって人がこの前警備隊に駆け込んできてさ。その人から麻薬を押収したから調べてみると、どうもこのヴィーンラディ国内で作られている麻薬の成分じゃないみたいなんだよ」
「ということは、まさか!?」
「そう、そのまさかだね。今回の麻薬は十中八九外国製だ。そして宗教の連中はそれを隠れみのにして、麻薬を精製する軍資金と人柱を集めようとしているみたいだよ」




