331.所有物
「じゃあ、この城の中にいるのはほとんどが反予言者派の人間なんですか!?」
「そういうことになる」
ルギーレは自分とガラスのテーブルを挟んで向かい合っているこのヴィーンラディの国王、エルシュリー・ディルトルートの告白に驚きの表情を隠せなかった。
三十九歳だというのに、見た目はまだ二十代後半ぐらいに見えてしまう彼の水色の瞳に、ルギーレは暗い色を感じずにはいられなかった。
レイグラードはルギーレの目の前のガラステーブルの上に置いてある。
つまりルギーレがエルシュリーを殺そうと思えば殺せる状態であるのだが、もちろんルギーレにはそんなつもりは毛頭ないし、レイグラードも一緒に見せて欲しいとの話を受けてこうして一緒に入室することを許可された。
そして今まで色々と話をしていたのだが、やはりルギーレが一番気になるのはこの国で予言者として崇められていたルディアの話題だった。
「反予言者がたくさんこの城にいるってことは、俺はともかくルディアの身の危険が……」
「それはこちらでも重々承知している。私だって、せっかく戻ってきた予言者を再び手放すわけにはいかないのだ」
だが、そのエルシュリーの言い方にルギーレはムッとした表情になる。
「ちょっと待ってくださいよ。ルディアは物じゃないですよ」
「む?」
「む、じゃなくて……ルディアを物みたいに言わないでくださいよ。そんなんだからルディアは逃げたんじゃないんですか?」
「何だと?」
今まで一緒に旅をしてきたルディアをまるで物みたいに言うエルシュリーに、ルギーレは腹が立ってしまったのだ。
相手が国王だろうとも、これだけはどうしようもなく許せなかった。
しかし言われた方のエルシュリーも、自分に対してまさかこの男がそんな口をきいてくるとは思っていなかったので、ここで応戦する。
「何だ? 君は彼女に惚れているのか?」
「惚れているとかそういうんじゃない。人間を物みたいに扱うのはやめてくださいって言っているんですよ。俺たちがこの国から出ていくってなっても、ルディアだけはこの国に残るようにって言うつもりなんじゃないですか?」
現にさっき「せっかく戻ってきた予言者を再び手放すわけにはいかない」と言っていたわけだし……とエルシュリーのセリフを繰り返したルギーレに、ピクピクとエルシュリーのこめかみが動く。
「ほう……だったら何だというのだ? 力ずくででもルディアをこの国から連れ出そうという気か?」
「今のままだとそうなるでしょうね。そもそも今まで俺たちの所に誰も人をよこさなかったくせに、この国に入ってきていきなりこの国から出さないって言われても……ねえ?」
この広い世界だからこそなかなか見つけられなかっただけなのかもしれないが、それでも今までヴィーンラディの誰もルディアの前に現れなかったというだけでも、この国の人間たちはルディアに対して実はそんなに関心がなかったんじゃないか?
そう思ってしまうぐらいにヴィーンラディから音沙汰がなかったのをルギーレは知っているので、だったらこの国にいなくても国そのものを回していけるだろうと考えていた。
しかし、エルシュリーがそれを許すはずもない。
「まるで庶民の家庭で見ることができるような、頑固な父親から強引に娘をさらっていくような彼氏みたいな奴だな、君は?」
「だからそんなのじゃありませんって。俺としてはただ、ルディアがもっと外の世界を見られるようにしてほしいって言ってるだけなんですよ。軟禁されて予言ばかりさせられて、それが外れて逆ギレされてなんて、ルディアのストレスがどんどん溜まるのもわかる気がしますね」
最後の方はやや吐き捨てるように感想を述べたルギーレに対し、腕を組んでいたエルシュリーは一つ頷いて突然こんな提案をしてきた。
「ほう……だったらその話、私が出す条件をクリアしたらルディアを自由にするということでどうだ?」
「え?」
「ルディアを自由にすることが君の望みだというのなら……この魔術に秀でている王国で、近々武術大会が行なわれる。それで君が優勝すればルディアを自由にしようじゃないか」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 今はそんなことしている場合じゃないんですよ。それにそんなのってルディアが優勝の賞品扱いじゃないですか!」
「ああ、そうだよ。とことん物扱いするのは、私の国の所有物だからだ。それが何が悪いんだ?」
「今までの話、あなたは何を聞いていたんですか? ……はあ、もういいや。だったらその挑戦受けますよ!」
これじゃエルシュリーの挑発にうまく乗せられただけじゃないか。
これじゃ俺だって、ルディアを物扱いしているじゃないか。
でも、ルディアを本気で自由にするにはその勝負に乗って勝たなければならないらしい。
「ただし、今はまだダメです。先にあの勇者パーティーの奴らとかニルスとかを倒してからですよ」
「ああ、それでいいだろう。まだ武術大会までには時間があるからな」




