303.赤いドラゴン
その赤いドラゴンは、後ろからジリジリと迫ってくる筒状の弾丸を回避するべく、一世一代の大勝負を仕掛けようとしていた。
下に見えているのは海。自分が最も苦手としている場所である。
そしてその海目がけて真っ逆さまに急降下するというのは、これまで三千年以上生きてきた中でも実は初めての経験なのだ。
だが、そうでもしなければ後ろの変な物体を振り切ることなんてできやしない。
それにある程度は陸地から距離を離しておかなければ、大爆発が起こったり人間たちにいらぬ誤解を与えたりして大騒ぎになる可能性もあるので、こうして大海原の上までやってきたのだ。
【俺様にはさっき見えていた。俺様の旋回能力と、この後ろの旋回能力には決定的な差があるってことをな!】
自分の方が旋回スピードが速い。
それがわかっているからこそ、自分はこうして海にまでやってきてそれを実行するべく、真っ逆さまに突っ込む体勢になっている。
しかし、本当に突っ込んでしまったらそれこそ終わりだ。
【まだだ……まだまだ……我慢……!!】
迫る。近づく。やってくる。
恐怖心との戦い。目測を誤れば自分のドラゴンとしての生命も終わりだ。
それをギリギリまで見極めて――
『今だっ!!』
クワッと目を見開き、首に力を入れて身体を全力で上に持ち上げ、海に向かって完全に尻尾を向ける形でUターンする赤いドラゴン。
その軌道はややオーバーラン気味だったものの、尻尾が少し着水したぐらいで済んだのはまさに奇跡といってよかったであろう。
そのままグワッと天高く舞い上がるドラゴンと、一方でロックオンしていた標的がいきなりUターンしてしまったことにより、なすすべもなく海へと突っ込んでいってしまった筒状の太くて大きな弾丸。
海の中に投棄されたのと同じ結果になったそれは、本来であれば起こるはずだった大爆発も起こらず、暗い海の底へと泡を生み出しながら沈んで行ってしまったのである。
【やった……やったぞ!! 俺様は生き残ったぞおおおおおおおおおっ!!】
心の中で歓喜の叫び声をあげつつ、その弾丸が起こした盛大な水しぶきを少し浴びるドラゴン。
そしてその水しぶきが、彼の姿を追いかけていたグラルバルトたちにも何とかギリギリで捉えられる大きさだったのも、話がスムーズに進む展開となった。
◇
『へえ、それじゃあんたがこの前言っていたレイグラードの使い手ってのが仲間にいるのがこの人間たちってわけかよ、おっさん?』
『そうだ。まぁこうして人気のない場所で助かったよ。……それでは改めて紹介させてもらおう。彼はエルヴェダーという。私と同じシュア王国の看視者のドラゴンだ』
エルヴェダーという名前を持つこのドラゴンも、この世界ヘルヴァナールの七匹の伝説のドラゴンの一匹であり、その年齢は実に三千三百二十一歳である。
もちろん普段からこんなドラゴンの姿でうろついているわけではなく、人間の姿では貿易商の青年実業家という顔を持っている。
七匹のドラゴンたちの中では一番陽気で屈託の無い性格であり、人間の姿では自分の住処としてかなりの大豪邸を所有している超お金持ちである。
しかしそれを鼻にかけることはせず、スラムの住人たちから貴族たちまで交友関係は幅広い。
『俺様だっておっさんに負けず劣らずの武器の使い手なんだぜ?』
『武器はな』
『まあ、そりゃ素手はおっさんには劣るけどさあ』
人間の姿の時は長槍を武器として使用し、身だしなみも軽薄そうに見せているので一見するとチャラチャラした人間というイメージが強い。
しかし、それは貿易商の時に足元を見るような取引相手に油断させ、自分に有利な条件を呑ませるために考え付いた彼の作戦であるのだ。
戦う時もわざと手を抜いて相手を油断させ、自分が敗北寸前まで追い込まれてから本気を出して、一気にラッシュを掛けて相手を負かすのが快感らしい。
「それでその……さっきの筒? あれってその金属製の鳥が撃ち出したものだってさっき言ってましたけど、それについてもっと詳しく聞かせてもらえますか?」
『ああ、いいぜ』
ロクウィンの要望通り、エルヴェダーは戦闘機のことについて話し始める。
ただし、それに誰が乗っていたのかとかまではわからないらしい。
『でも、あれは俺様たちも見たことがねえ代物だったぜ。恐らくあれはゼッザオで……霧の島で生み出されたもんだろうな』
そうとしか考えられない。
エルヴェダーからの情報によれば、その戦闘機はヴィーンラディ方面へと飛んで行ったというので、一行の次の目的地はそれを追いかけて同じくヴィーンラディになる予定だ。




