300.空中のドッグファイト
離陸して空へと浮かんだ戦闘機は、そのままコーニエルに向かって飛び始める。
だが突如、モニターの一つからビーッ、ビーッと警告音が鳴り響いた。
それに気がついたマリユスの顔色が変わる。
「……ん!?」
「どうしたの?」
「後ろから何かが接近してる。何だ……?」
そのモニターは後ろを見ることができるものなのだが、ポツリとその中に現れた一つの赤い影。
それがどんどん大きくなって、形もハッキリとわかるほどになった時に先に何なのかを理解したのはベティーナの方だった。
「ねえちょっと、追ってきているのってドラゴンじゃないの!?」
「本当だ!」
それは赤いドラゴン。
身体の色からすると火属性のドラゴンだが、この戦闘機のスピードについて来られるとは正直言って驚きの事実である。
「何やってるのよ、追いつかれてるじゃない!! さっさとスピード出して振り切っちゃってよ!!」
「わかっている! わかっているけどこれが限界だぞ!」
「はあ!?」
マリユスの表情からするとどうも本当らしいのだが、この戦闘機はドラゴンやワイバーンよりも速く飛ぶということをニルスが自慢のポイントに挙げていた。
なのにそれに追いついてくるとは、いったいどんなドラゴンなのだろうか?
軽いパニック状態に陥っているマリユスだが、ハッと思考がそのドラゴンの正体に行き着いた。
「ま、まさか後ろのドラゴンって普通のドラゴンじゃなくて……伝説の赤いドラゴン!?」
「えっ、それってあの七竜の?」
「ああ。普通のドラゴンだったら簡単に振り切れるはずなんだが、このスピードについてくるとなると……うわ!?」
セリフが終わらないうちに、ガクンという衝撃が二人の乗っている戦闘機に伝わる。
座席に身体を固定するために、両肩と腰の上を通しているベルトが食い込む感覚が二人の身体に伝わってくるが、それでもスピードを緩めるわけにはいかなかった。
流石にこのスピードの中で外に出て、後ろのドラゴンを迎え撃つわけにはいかない。そんなことをすれば自分たちが地面の上に落ちてしまうからだ。
どうしてこのタイミングでドラゴンがやってきたのか?
最大の疑問はそれなのだが、せっかく手に入れた最新の兵器をここで壊されるわけにはいかないので、マリユスは目の前に並んでいる多数のボタンのうちの一つに手を伸ばす。
「両足を踏ん張れ、ベティーナ!」
「え……きゃああっ!?」
マリユスがボタンを押したその瞬間、一気に座っている座席に身体が押し付けられる。
そのボタンは急加速ができるものなのだが、ニルスが言うにはこれは魔力エネルギーの消費が激しい上に、機体にかかるダメージも大きいので三回まで使うのが限度らしい。
そのうちの一回をこうしてドラゴンを振り切るのに使ったわけだが、後ろを見るとまだドラゴンは頑張ってくらいついてきている。
「しぶといわね!」
「ああ。しかも普通に飛ぶだけでは恐らく向こうのほうが速いみたいだから、こうなったらコーニエルの前にまずあいつから撃墜するしかないな」
いつまでも逃げ続けているわけにはいかない。
ワイバーンを操るのと基本的には同じだから、とニルスから言われてコツを掴んだマリユスは、今ここで操縦訓練の成果を発揮するべく高度を一気に上げて百八十度大きく旋回する。
そして握っている二つのレバーの先端についている赤いボタンを親指で押し込めば、翼のそばについている発射口から撃ち出された小さい弾丸が雨となって赤いドラゴンに襲いかかった。
『グルゥゥゥッ、ガアアアッ!!』
「よし、効いてるわよ!!」
「ベティーナはあいつの動きをそこら辺のモニターでしっかり見ていてくれ! 俺は撃つのに集中するから!」
「わかったわ!」
弾丸の雨によって怯んだドラゴンの横をすり抜け、そのまま先ほどと同じように百八十度旋回し、再び射撃体勢に入るマリユス。
しかし、そこにドラゴンの姿は見当たらない。
「ん? おい、ドラゴンはどこに行った?」
「どこのモニターにも映っていないわよ! もしかしたらさっきの攻撃で地面に落ちちゃったんじゃないの?」
「さっきのでか? そんなに弱いドラゴンだってのか……うお!?」
その瞬間、機体が大きく揺れる。
何が起こったのかわからない二人は必死に前後左右のモニターを見て、さらに窓から下の様子も覗いてみるが何もそこには見当たらない。
あるといえば、シュアの国土を形成している森や山や平原が見えるだけだ。
そしてこの時、二人は大事なことを忘れていた。
そう、人間というものはこういった非常事態で焦った時ほど頭上に注意がいかなくなるのだということを。




