291.進みやすい山道
グラルバルトとアーロスが大変なことになる少し前。
ヴィーンラディ方面に向かったティレフ、セフリスの前衛と後衛に分かれている二人が、奇妙な形の足跡を発見した。
「何だこの跡?」
「ふむ……私が見るに、これは人間のものではないな。どうやらこの山を縄張りにしている魔物の足跡のようだが……それにしては妙な形だな?」
「ああ、俺もそれは思う」
くっきりと残っているその足跡だが、二人が今まで騎士団の任務で見てきたものの中にはこんなものはなかった。
しかも大きさがそれこそドラゴンほどあるのだが、その足跡の周囲には多数の人間の足跡も一緒に残っているではないか。
「争ったような感じの足跡じゃないな。恐らく、このデカブツを従えている人間の足跡っぽいなあ」
「私も同じことを考えていた。そしてこの足跡は向こうに向かって続いているから、追いかけてみる価値はありそうだな」
シュアと同じく魔術に精通している人物が多いヴィーンラディ方面の登山道は、そのシュアと最初に登山道でつながった歴史がある。
四つの登山道の中で一番古いということであり、人の往来も一番多く、多数の魔術師たちがこの山を越えてやってくるのだ。
「俺は旅行でしかこっちに来る機会がなかったんだが、もしかしてまた一段と歩きやすくなったんじゃないのか?」
「ああ。シュアとヴィーンラディが共同で、時間をかけて道の整備をしたり山を切り開いたり、魔物を討伐して私たち魔術師たちが歩きやすく疲れにくいようにしているからな」
道幅の広さだけで言えば、グラルバルトとアーロスが向かったアーエリヴァ方面の登山道の方が広い。
しかしそうした魔術師たちの強い要望と潤沢な資金で、登山道というには余りにも平坦なその道のりと、なるべく荒れた道がないように整備されていることで足腰に負担がかからない、四つの登山道の中で最も人気のルートになっている。
「あなたたちバーレン皇国の人間たちみたいに、武器と魔術を同時に使えるように日頃から訓練を重ねているのであれば、多少荒れている道でも歩き続けるのは苦ではないだろう。しかし、私も魔術師だからわかるんだが魔術師というものは総じて体力がないのが常識だ」
だからこそ、長距離を歩くのは身体に堪えるしたいていの場合は馬を使う。
もちろん中には例外として体力のある魔術師だっているが、そうした魔術師の体力のなさに配慮して造られた道がこのヴィーンラディ方面の登山道だった。
その話を聞いていて、ティレフは足元についている奇妙な足跡について考えを述べる。
「でも、そうした整備されている道だからこそこんなデカブツだって楽に移動できる。向こうに続いているこの足跡の主を調べて、害があるんだったら討伐する。そうだろ?」
「言われなくても私もそのつもりだ。とにかく進むぞ。何がこの先に待ち受けているのかわからないからな」
しかし、その足跡を追いかけていった二人が終着点で見たものは恐ろしい存在であった。
「何だあれは!?」
「見たことのない魔物だ……」
リアクションに差はあれど、驚いているのはどちらも同じ。
二人の視線の先に鎮座しているものは、それはそれは大きなカマキリだったのである。
だが戦い始めてわかったのは、そのカマキリは見るからに何かがおかしいということだ。
(何だこいつ……さっきから攻撃を当てているのに、何も効いている様子がない……)
ティレフが槍をいくら突き刺してもまるで手ごたえがなく、セフリスが魔術を何度も当てても効果があるのかどうかさえ疑問である。
しかもその槍が突き刺さった部分からは、それなりに体液が飛び出してきてもおかしくないはずなのに、全く飛び出てこないのもまた不思議な話だ。
その代わりに、突き刺した槍の先端からわずかに何かが焼け焦げるような臭いを感じ取ったティレフ。
(何だこのカマキリは!?)
その周辺で一緒に襲い掛かってきているカラフルなコートの集団を誰か一人とっ捕まえて吐かせようにも、カマキリの鋭い引っかき攻撃や突進によって邪魔をされて、思わずコートの集団を全滅させてしまった二人。
この状況で何かを聞き出せる対象がいなくなってしまった以上は、この目の前の巨大カマキリをどうにかして自分たちの知恵や経験で倒すしかなくなってしまったようである。
「おいセフリス、こいつの弱点はわかるか!?」
「わかっていたらすでに私が倒している!」
「そりゃそうだな……っと!!」
無駄口を叩くことも許されないほど、カマキリの動きはなかなか素早い。
それにたまに大ジャンプを繰り出して二人を押し潰そうとしてくるのもなかなか厄介だが、そんな時にセフリスがあることに気が付いた。
(……あれ? もしかして……)




