287.お手並み拝見
クモが獲物を発見して襲い掛かってくる。
その細い足をシャカシャカと動かして、吐き出す糸で絡め取ってこの人間たちを食べてやろうという魂胆が見え見えである。
「お手並み拝見といこうか」
それはクモに対してではなく、自分の横にいるアーロスに対しての言葉だった。
グラルバルトの言葉の意味をアーロスも汲み取ったらしく、まずはバックステップで距離を取りながら詠唱に入る。
そのスピードが遅いのは百も承知なので、詠唱が終わるまではまずグラルバルトがお得意の接近戦でクモに対抗する。
本来であれば魔術を使って一気に決めてしまうところだが、今はアーロスのお手並みを拝見するという目的と、彼の使う魔術はアーロスのものと比べ物にならないレベルの攻撃範囲と威力を誇るので下手をすれば登山道の両側にある崖が崩れてしまう危険性がある。
そのリスクを考えた結果、彼は素手でクモに立ち向かっているのだった。
【人間であれば何かしらの武器を持つものだが、私はあいにく人間ではないのでね。まあ、私たちにこうして挑んできたことを後悔するがいい】
素手であろうが、膨大な魔力を全身に行きわたらせることによって攻撃力を人間のものではないレベルまでアップさせる。
場合によってはパンチ一発で岩をやすやすと砕くことだって可能になるのだ。
本来がドラゴンなのだからそれがグラルバルトにとっては当たり前なのだが、人間が一発のパンチ……それも素手で岩を砕くようなことがあってはそれこそ騒ぎになってしまうであろう。
だが、今は自分の事情を知っているアーロスが一緒にいるということと、相手がこの大グモであるという二つの要素が相まって遺憾なくその力を発揮することができる。
さすがに移動速度はこのクモの方が速いのだが、それでも四千年以上生きてきているグラルバルトは何の問題もなくクモの死角に回り込んでパンチやキックで対抗し、少しずつダメージを与えている。
「キシャアアアアッ!!」
『……っと』
吐き出されたクモの糸がグラルバルトを絡め取ろうとするが、それを素早いステップとバック転によって上手く回避した彼は、再び拳を構える。
強い相手ほどやる気を見せるタイプのグラルバルトは、図体ばかりの相手ではないことを確信した。
【ふうむ、魔物にしてはそこそこやるようだが……こちらにばかり気を取られていていいのかな?】
もっと広い範囲に目を配らないと足をすくわれるぞ、と心の中で忠告するグラルバルト。
その心の声はやがて現実のものとなるのを、詠唱をし終えたアーロスが体現する。
「……全ての敵を風に乗せて吹き飛ばせ、ウィンドストーム!!」
荒れ狂う全体攻撃用の暴風がクモに襲い掛かる。
土属性に位置するそのクモは、自分の属性と最悪の愛称である風属性の魔術をモロに受けてしまう結果となってしまった。
全身を暴風の中から生み出される風の刃によって無惨に切り裂かれ、最後は断末魔の雄叫びをあげることもできずにバラバラに解体されて地面へと散らばってしまった。
「ははは、どうだこのデカブツめ!!」
『やったじゃないか』
「ああ。あんたも攻撃してくれてありがとよ」
バーレンにスカウトされたと自分で言っていた通り、確かにその魔術の威力は高いのだと思わされるウィンドストームを見せつけられ、こんな性格でも確かな魔術の腕前を持っている……とアーロスの腕前をグラルバルトは認める。
こうして大したこともなく大グモとの戦闘は終わりを告げたのだが、まだこの登山ルートを最後まで見回ったわけではないので、二人の進軍は続く。
他のルートに向かったメンバーたちは何かを見つけたのだろうか?
もしそうだったら連絡をくれればすぐにでも応答できるんだぞとグラルバルトが心の中で呟いた時、アーロスがふと声を上げた。
「あれ?」
『どうした?』
「いや……あっちの方に何か人影が見えた気がしたんだよ」
そう言いながらアーロスが指を差す方向には、人が一人やっと通れるほどの獣道があった。
その道の足元を見てみると、確かに誰かが通ったと思わしき足跡が無数についている。
もしかすると野盗か山賊かがいるかもしれないので、探査魔術を発動して生物の気配がないかどうかをチェックするアーロス。
すると、彼の顔が険しくなった。
「……誰かこの先にいるみてえだな。しかもご丁寧に魔術防壁まで張ってやがる」
『ふむ……どの位の人数かはわかるか?』
「およそ七十人ってところか。かなり多いぞ。もしかしたら盗賊のアジトかもしれねえな」
怪しい連中がいて、それが国民に害をもたらす存在だったとしたら騎士団員である自分が殲滅しなければならない。
アーロスはそう考えて獣道の先へと進み出し、それにグラルバルトも続く。
すると、探査した通り何者かの声が聞こえてきた。
「誰かいる……」
『用心しろ』
「わかってるって」
だが、用心するのは人の気配だけではなかった。
そのまま足音をさせないように再び進み始めた瞬間、二人の視界が急に上から下へと移動し始めたのだった。




