286.アーエリヴァ方面登山道
一方、グラルバルトがアーロスとともに進んでいるアーエリヴァ方面の登山道は、つながっている先が世界最大の国土を持っている国というだけあって最も道が広く造られている。
しかし、グラルバルト自身はこの道を通ったことがほとんどないらしく、道にも迷ってしまうかもしれないという不安を抱いていた。
それを最初に聞かされたアーロスは、相手がこの世界の看視者であるという事実も忘れて呆れた声を出す。
「あんたがまさかそこまでこの道を知らないなんて思ってもみなかったぜ。俺たちのことを見守ってくれている存在なんじゃなかったのか?」
『……まあ、二つの国を見て回るのは移動時間を短縮しないとやっていられないからな』
事実、この広い山の中にこうして造られている登山道は当然その距離も長いし、激しいアップダウンがある個所も存在しているだけあって、なかなか足腰に負担のかかる場所である。
救いなのは道幅に余裕を持たせて作られている以上、馬車や馬でも問題なく行き来ができるということなのだが、こうして歩いて行き来するとなると最悪の場合は一晩このニウニー山の中で過ごさなければならなくなってしまう。
それが大人数であればなおさらの話で、アーロスもこの山には何回か来たことはあるが、魔物討伐と山の現状調査という名目で過ごした時のきつさは忘れられない出来事だった。
「ここに来た時は山の頂上付近で急に天気が変わって、そりゃーもう阿鼻叫喚の地獄絵図になりそうだったぞ。テントすぐに張ったおかげで何とか雨を凌いだと思ったら、今度はそこに魔物が到来してさ」
『それは災難だったな』
「本当だよ。まあ、それを絶えたからこそ今の俺がこうしてあるわけなんだけどさ。シュアの魔術師部隊の隊長だぞ?」
今年で三十四歳になるシュア王国の魔術師部隊隊長の彼は、若いながら隊長を務めるだけあり魔術の腕はかなり立つ。
そのことから少し他を見下す様な言動を取る癖があり、友人は余り多くない。
彼の魔術が凄い理由はその威力にあり、詠唱のスピードこそ遅めだが、それを補うだけの攻撃範囲とパワーを誇るいろいろな属性のものを繰り出すことができる。
その威力の前に涙を飲んだ敵や魔物は数知れず、普段は前衛の陰に隠れて詠唱を終わらせるまで耐え、一気にその力を開放するのが得意の戦法だ。
ただし接近戦闘はルディアと同じく大の苦手であり、魔術が使えない時のためにナイフを二本持っているのだが、使う機会は全然ないらしい。
『何だったら接近戦を教えるぞ?』
「いや、いい。俺はそういう肉弾戦にはどうも向いてないみたいで、センスがないってわかってっから。でも魔術で武器を持った相手……そうだな、例えば剣士に対抗するために、ファルスの左翼騎士団長にリアンってのがいるんだけどよ、そのリアンと一度手合わせをしてみたいって思ってんだよ」
『リアン……ああ、ルギーレやルディアと一緒に一時期行動を共にしていた、茶髪のバスタードソード使いだな』
前に話を聞いたことがある。
確かルギーレとともにバーレンだったかどこかの遺跡に向かい、そこで一緒に罠を解除してもらったのがリアンだったはずだと。
しかし、このアーロスは自分の魔術の腕に絶対的な自信を持っている。そのエピソードとしてこんなことも語ってくれた。
「ちなみに俺さ、バーレンの宰相のロナにその魔術の技術を買われて向こうのバーレン騎士団にスカウトされたこともあんだよ」
『そうなのか。でもここにいるってことはつまり……』
「ああ、断ったぜ。そもそも俺たちシュアの方が魔術師として上なんだし、誰が好き好んで弱い方に行くかっての。思いっ切り冷たく断ってやったよ」
だが、それを聞いていたグラルバルトは口には出さないものの心の中でこう思わざるを得なかった。
【その余裕が、いつか命取りにならなければいいがな……】
グラルバルトは接近戦闘が大の得意であるが、魔術に関しては七匹のドラゴンのうちで下から数えた方が早いレベルなのだ。
魔術師のことは、同じく魔術を得意としている緑のドラゴンに聞いた方がいいだろうと思うが、接近戦闘しかできないような状況に陥ったりしたら果たしてその時アーロスはどうなってしまうのだろうか?
自分の発動できる地属性の魔術はいろいろあるが、余り人間たちに見せて大騒ぎになってしまうのもどうなんだろうと頭の中で考えを巡らせていたその時だった。
「グゥオアアアアアアアッ!!」
「ん?」
『魔物だ!』
そう、定期的に騎士団による魔物の討伐がされているとはいえ、魔物だって繁殖すれば新しい個体が生まれてくる。
登山道を進む二人の目の前に立ちはだかったのは、それはそれは大きなクモだった。
ルギーレとルディアが旅路の最初で向かったという巣の主であるロックスパイダーとはまた別種ではあるものの、人間からすれば強敵なのは間違いない。
アーロスを縦に三人並べたぐらいの高さと、グラルバルト三人分ぐらいの長さがあるそのクモに対して二人が動き出した。




