283.不動の魂
「えっ!?」
「ちょっと、あなた何を言っているのロクウィン!?」
ルディアもメリラも、その突然のロクウィンの声に一時的に動きを止めたものの、すぐに残っているコートの集団が襲いかかってくるので動かざるを得ない。
まずはその残っているコートの集団を倒し、それからロクウィンに駆け寄った二人はなぜあんなことを叫んだのかその真意を確かめる。
「一体どうしたんですか!?」
「そうよ。動くなって言われても、動かないとあのムカデは倒せないじゃない!!」
「確かにそうです。ですがその動かないことが、私たちがあのムカデに勝つためのヒントになるかもしれないんですよ」
「……え?」
動かないことが勝つことにつながるかもしれない?
どう考えても言葉だけでは矛盾しているのだが、論より証拠ということでまずは岩壁に張り付いてピッタリと動きを止める三人。
そして言い出しっぺのロクウィンが、岩壁の向こうにいるムカデもどきの様子を探り始める。
「……やっぱり」
彼が見たもの。
それは今まで縦横無尽にシャカシャカと動き回っていたはずのムカデもどきが、獲物を見失って興味をなくしたのかピタリと動きを止め、そのまま石造のように動かなくなってしまった光景だった。
「動きませんけど……やっぱりって?」
「一緒に戦っていたコートの集団を見ていて気が付いたんだ。あのムカデもどきは確かに縦横無尽に動き回って弾丸を発射してくる驚異的な存在だけど、前にしかその弾丸を発射できないんだってことがまず一つ」
そしてもう一つは、ムカデもどきの周辺で妙な動きをしているコートの集団についてだった。
「岩の壁に沿って、なるべく音を立てないように素早く動いているのが見えた。後ろ手に壁に両手をついて動き、弾丸が当たらないムカデの後ろに回り込む。最初は弾丸に当たらないようにするという理由だけだと思ったが、実はそれ以外にもう一つの理由があったんだ」
そう言いながら、これまた静かに音を立てないように足元の大きめの岩の欠片を拾い上げ、それをムカデもどきのそばに落ちるように投擲するロクウィン。
すると、その欠片が落ちてコツンと音を立てた瞬間にムカデもどきが伏せていた身を起こして素早く周囲をうかがい、縦横無尽に動き回り始めた。
しかしそれ以外に何もないことを確認すると、再び少しだけ身を伏せて石造のように動かなくなってしまった。
その一連の流れを見ていたルディアとメリラも、ようやく先ほどのロクウィンが言っていたセリフの真意が理解できた。
「そうか、あのムカデはこっちの音に反応しているのね」
「そうらしいですね。じゃあ何とかして私たちが後ろに回り込んで一気に決めるしかないかと思いますが、油断は禁物ですね」
動かないことが勝つためのヒントにつながる。
その意味がわかったのはよかったが、少しでも音を立てればあのムカデもどきは動き出して弾丸の雨にさらされることになってしまう。
起き上がってから一直線に向かってくるならまだしも、縦横無尽に動き回られてしまうとすぐに狙いを定められてしまうので、近づいて一気に決めるタイミングが重要だと考えるメリラ。
物理攻撃がどれぐらい効くかわからないが、魔術が効果がないというのがわかっている以上は、やっぱり接近して一気に叩き潰すしかなさそうだ。
「……こういう奇襲みたいなのは、私の好みではないのだがな……」
「だからあなたは甘いって言われるのよ、ロクウィン」
自分の信念に反することを口走った副官に、メリラが思わずそう言う。
ロクウィンは若き隻眼の槍使いだが、曲がった事が大嫌いで正々堂々を信条としている。
卑怯な手を使って来る相手には、その卑怯な手を使われた途端逆上して何としてでも倒そうとする。それでも一切卑怯な手は使わないのだが、その真っ直ぐな性格ゆえに卑怯な手で畳み掛けられて負ける事もしばしばある。
槍の腕前に関してはこの若さで副騎士団長に抜擢されるだけあり、自他共に認めるかなりの腕前だが、その正々堂々とした部分はやっぱり甘いというのが団長のメリラの評価だった。左目の傷は野盗との戦闘中に負ったものであるが、後ろから不意打ちをされて振り向いたときに斬られたのだという。
「人間相手ならまだしも、今回の相手はあんな改造されているムカデ兵器なのよ? 卑怯も何もあったもんじゃないわよ」
「言いますねえ……団長」
「そりゃそうよ。あなたは魔術師だから戦闘とか戦術には余り縁がないかもしれないけど、戦場で卑怯とか言ってたら負けるわよ。命取りになるのよ。実際に彼の目の傷だって奇襲かけられているんだから」
そう言いながら立ち上がったメリラを先頭にして、三人は岩壁に沿って動き出した。
ムカデもどきに対して、正々堂々と奇襲を仕掛けてやるために。




