280.動き出した傭兵たち
そんな堂々とした声が魔術研究所の一角に響いているその頃、尾行されていると気づいていそうでいない傭兵三人組も独自に捜査に乗り出していた。
「あの連中、確かこっちの方にある山の中で実験するって言ってたからなあ」
「ああ、例の装備品の話だろ?」
「そーそー。王国騎士団の連中に余り関わるとこっちの正体がバレかねねえから、早めにトンズラこいて正解だったぜ」
王都コーニエルから北に向かった場所にある、ニウニー山脈。
ここはラーフィティアとバーレン、そしてヴィルトディンを結んでいるヤオトラム山脈と同じように、複数の国にまたがっている大きな山脈である。
ファルスを西に、アーエリヴァを北に見てシュアとつながっており、更にヴィーンラディへと抜けることができる登山道のルートも開通している、世界で最も大きな山脈と言っていいだろう。
その山脈の中であれば観光客が使うルートも多く、そうした利用者向けに休憩所として多数のペンションが設置され、行商人たちが稼ぐための絶好のポイントである。
「確かにそんな広い山の中だったら、コソコソいろいろやれるとも思うが……」
「何か思うところでもあんのかよ?」
自分の相棒に尋ねるヴァレルだが、その相棒は顎に手を当てて考える。
「いや……人気のない場所だったらもっと他にあるんじゃないかと思ってな」
「まあ、そりゃそーだけどさ」
「考えてもみろ。ニウニーはそのまたがっている四か国を結ぶ重要な交易路としても使われている。魔物だって定期的に大規模な駆除が入っていて、道もきれいに整備されて歩きやすくなっている。そんな場所をわざわざ選んで何かやるとなると、なにかすごいことを考えているんじゃないのか?」
だけど、肝心のその内容は実はニルスたちから何も聞かされていないんだとトークスが述べる。
確かにその通りであり、自分たちはニルスに連絡を入れ、現地へと先に派遣されてきたという体で定期的に連絡をよこすようにと言われている。
それはそれで別に構わないのだが、ウィタカーも思うところがあるらしい。
「あのニルスってのはさ……聞いた話じゃあ北にある島からやってきたかもしれねえってことだろ」
「ああ、あの黄色いドラゴンの化身とかいうおっさんがなんかそー言ってたっけ」
「この世界をひっかきまわして世界征服をしたいとかって前にあいつは言ってたけど、本当にそれが目的なのかな? 俺はどうもそれ以上の理由がありそうな気がするんだけどよ」
世界征服をするつもりであれば、もっと一気に全軍を率いて攻め込んで、それぞれの国のトップを始めとする各国の重鎮たちを一気に殺して制圧すればそれで片が付くはずなのに。
しかし今までの話の流れを見てみれば肝心なところで撤退をしたり、やけに中途半端なところで作戦を終了させたり、作戦そのものもなんだか中途半端だったり回りくどかったりといったものばかりであった。
「もし俺があのニルスの立場だったら、まずはとりあえずラーフィティアの前の国王とちゃんと手を組んで今の国王たちを一気に潰すね」
「それは俺も同じ考えだ。何か意味があってこれほどまでに中途半端なことをやっているのだとしたら、それが解明されるまでは下手に動かない方がいいとは思うが……もしくだらない理由だったら即座に縁を切った方がよさそうだな」
そう言うトークスは、まだ何か引っかかることがあるのだという。
「それに……あんたの仲間たちが死んだときのあの冷酷な態度もまだ引っかかる」
「あ~ん? あのヤローはハクジョーもんなんだろ。普通は仲間が死んだら悲しいとかさみしいとかって感情があって当然のはずなのに、あいつはその感情をなくしちまってるみてえなんだよな」
「いや……そうじゃなくてな、俺が言いたいのはそれもすべて計算済みの上でああいう態度をとっているんじゃないかってことだ」
「ど、どういうことだ?」
自分の相棒の言っている意味が分からないヴァレルがそう尋ねると、死神と呼ばれている傭兵は自分の予想を展開する。
「あの男……もしかして人が死ぬのを見ないと興奮しないような変態野郎なんじゃないのか?」
「ええっ!?」
「おいおい、そんな変なこと言いだすなよ。それじゃ何か? あいつが世界征服うんぬんかんぬんつってんのは、世界を手に入れることが目的じゃなくて人間たちが死ぬ様子を見てみたいからだってのか?」
突拍子もないことを言い出した相棒に驚きの声を上げるヴァレルと、あきれた様子でそう言うウィタカーだが、トークスだって自分がどうしてこんなことを言い出したのかよくわかっていない。
「いや、まあ……不可解なことが多すぎてこんな予想しか思い浮かばないんだ」
「あ、そう……いやあ、お前が頭おかしくなっちまったのかと思ったよ、俺」
「俺もだよ。まあ、あのニルスってのは頭おかしいんじゃねえかってのは俺も同意するぜ」
そんな会話を交わしながら馬に揺られ続ける三人の視界のはるか遠く先に、ニウニー山脈の姿が見え始めていた。




