278.魔術研究所
「ああ……筋肉痛……」
「さすがに俺もだよ。でもティレフさんはケロッとしてますよね」
「そりゃまあ、お前たちとは鍛え方もキャリアも違うからな」
肩や腰をさすりながら歩くルギーレとルディアの二人に対して、ティレフは割と涼しい顔をしていた。
グラルバルトが作ってくれた夕食の中には、彼が作ったという特製のドリンクがあった。
それは紫色のなかなか奇妙な色をしていたものの、疲労回復に効果があると言われて飲んでみると、予想に反したスッキリとした味だった。
一体これは何が原材料でできているのかと尋ねてみると、それはなんとドラゴンの血らしい。
『セルフォン曰く、ドラゴンの血は配合する分量や混ぜる材料によって現れる効果も違うとのことだ。例えばこれは疲労回復に効く飲み物だが、違うものと混ぜてみるとルディアが以前経験した、全ての魔術を一時的に発動させることができなくなるような薬を開発することだってできる』
ティレフが言うにはドラゴンの血の研究はバーレンでも進んでいるらしいのだが、そこまで高度な配合までは未だに至っていないのだとか?
機会があればいつかその配合について教えてもらいたいものだと思うティレフを先頭にして、朝のコーニエルの町中を歩く一行はオレンジ色の派手な外壁が特徴的な三階建ての横に広い建物にたどり着いた。
『着いたぞ。ここが王国の魔術研究所だ』
「うわあ、いろいろな魔力の匂いが漂ってくるわぁ!!」
魔術に疎いルギーレやティレフにはさっぱりだが、予言者であると同時に魔術師でもあるルディアにとっては非常に興味をそそられる場所らしい。
開放的な出入り口には石造りの黄色いアーチがかけられており、閉鎖的なイメージを持たれやすい魔術師たちが集まる場所とは一見すると思えないほどである。
そもそもなぜこの一行がここまでやってきたのかといえば、昨日ブラハード城から出る前に待ち合わせに使う場所を決めようと第二騎士団団長のエリフィルが言い出したからだった。
「ええっと、この周辺に確かエリフィルさんが……ああ、いたいた!!」
「お待ちしておりました、皆さん」
基本的に上から目線で尊大な性格の人間が多いシュア王国の人間たちの中で、物腰が柔らかいイメージを持てるのは今のところこの茶髪の第二騎士団長エリフィルだけだった。
「疲れは取れましたか?」
「まあ、そこそこですね。ところで俺たち以外の他のメンバーがまだ来てないみたいですけど……」
ルギーレはキョロキョロと辺りを見渡して、自分たちと一緒に闇の装備品の捜査に向かうはずの騎士団員や魔術師たちがまだ来ていないことに首を傾げる。
それについてはきちんとエリフィルから説明がされる。
「ああ、それでしたらすでにみなさんこの中でお待ちですから行きましょう」
「あっ、もう来ているのか?」
「はい。私が出迎えるようにと言われましたのでお待ちしておりました。ささ、案内しますよ」
ここで待ち合わせとしか聞いていなかったので、まさか魔術研究所の中に入るとは思ってもみなかった一行。
だが、国の管理している研究所だけあってさすがにそのセキュリティは厳重だった。
まず、怪しいものを持ち込んでいないか出入り口で身体検査をされる。グラルバルトが懐にしまっている短剣や、ティレフの愛用する槍は危険だとみなされ一時的に没収され、帰る時に返されるとのことだった。
ルギーレのレイグラードに関しては同じように預けてみるものの、もしかしたらまた勝手に一人で動き出すかもしれないので、一応それだけは伝えておいた。
「出入り口の人、キョトンとしてたぞ」
「それはそうよ。だって剣がひとりでに動き出すなんて普通じゃ考えられないことなんだから」
また、記録できるものも私物は同じく一時的に没収となる。
何かメモを取るようなことは機密漏洩を防ぐという点から研究所の中では禁止されている。
しかし、シュア王国の騎士団員や魔術師たちは例外として認められているらしい。
また、魔力によって服を透視して何かを隠し持っているのを見落としていないかどうかをチェックするシステムも存在しており、その全てに合格しなければ絶対に研究所の中には入れてもらえない。
もちろん、研究者以外の魔術の使用は固く禁止されている。
そんな厳重な警備がされている建物にやってきた一行だったが、グラルバルトが出入り口で止められてしまった。
『お、おい何するんだ?』
「待てっ! 魔力のセンサーが異常な数値を示している。不審者と見なして別室で調べさせてもらう!!」
警備担当も兼ねている出入り口の受付の魔術師がグラルバルトの侵入を阻止しようとしたが、それをエリフィルが許可して解放させる。
「この方は陛下より特別に許可が下りていますので、そのまま通して結構です」
『そういうことだ』
こうして一悶着あったものの、何とか中に入ることができた一行を待っていたのは、この国に来てから顔見知りになった人間たちばかりだった。




