273.敗北の記憶
「あいつに稽古をつけてもらっていただと? どうだった?」
「ど、どうって?」
「どんなふうに教えてもらっていたかとか、どれくらいの期間稽古をつけてもらっていたかとかそういうことだ!」
先ほどまでの表情とは打って変わって、目が血走りそうな勢いで詰め寄ってくるティレフだが、ルギーレには彼がどうしてここまで豹変してしまったのかわからないままである。
「あ、あの……いったいなんなんですか?」
「いいから答えろ!」
「お、落ち着いてくださいよ! 稽古をつけてもらっていたのはそんなに長い間じゃないですよ。それこそバーレン皇国にいる時につけてもらってて、正確なロングソードさばきとかそういう基本的なことですよ」
実際に手合わせみたいなこともしてもらったし……とまで言えば、やっとティレフの詰め寄りが終わった。
だが、ティレフの話はこれで終わりではなかったのだ。
「そうか。だったらグラルバルト……俺もあんたの稽古に参加させてもらう」
『……まあ、別に私は構わないが……何をそんなに必死になっているんだ?』
今の詰め寄り方は尋常ではないものだった。
恐らくシャラードに関して何かあるのだろうと三人は察したが、その理由はいたってシンプルなものだった。
「俺、前にシャラードに負けたことがあったんだ」
『それはもしかすると、バーレンとファルスの間で起こった二国間の戦争での話か?』
「そうだ! その戦争で、俺はあいつに完膚なきまでに叩きのめされた。あいつは俺の今まで積み重ねてきた武人としての誇りや技術を全て打ち砕いたんだ。それも、お互いに最も得意な武器の槍同士での戦いでな!!」
戦場で対峙した当初は武人国家ファルスの将軍相手に、自分でもなかなかの善戦をしていると感じて余裕があったティレフ。
槍使いの騎士団長として、そしてバーレン皇国を代表する人間として万全の体制で挑んだつもりだったのだが、そこに立ちはだかったのがルギーレにいろいろと教えてくれたシャラードだった。
彼もティレフと同じ槍使いの将軍だけあり、立場も武器も一緒ということで強烈なライバル意識が芽生えた。
「だが、あいつは俺に対して余裕のある態度で一気に攻め立ててきた。俺だってむざむざ負けるつもりはなかったが、あの時の俺では歯が立たなかった……」
だからいつかシャラードに勝つべく、今回の稽古に参加させてくれと言い出したのだった。
グラルバルトとしては別に武術経験のない一般人であろうが、一国の騎士団長であろうが稽古をつける相手に変わりはないので、まずはこのコーニエルの外れで経営している道場に上がらせる。
その道場の外観を見て、ルディアがポツリと率直な感想を漏らした。
「うーん、外観は結構ボロボロですね」
『これでも結構綺麗にした方なんだ。内装は人間たちに手伝ってもらって張り替えたし、断熱だってその時にしっかりとやったから夏でも冬でも快適だしな』
タダ同然で売りに出されていた町外れのあばら家を購入したグラルバルトは、それからここで道場を経営しているのだった。
「で、まずは床磨きからですか?」
『いいや、稽古をしてから床磨きだ。どうせ汗とか血とかで汚れるだろうからな』
「血ですか?」
思ってもみなかった単語の登場にたじろぐルディアだが、考えてみればこうした稽古に怪我はあって当たり前である。
魔術の実践練習だって、魔術を発動した時に暴発してケガを負うことだってあるのだから、別に何も驚くことはないだろうと思い直した。
『じゃあまず準備運動してからな。まあ、明日から魔術師の失踪についての捜査が開始されるから余り激しいものはできないが、とりあえず私がまず君たちの技量を見よう』
そう言われて三人は入念に身体を温める。
ルディアは当初参加する予定ではなかったのだが、魔術が使えなくなってしまって苦労したことを思い出して急遽参加を申し出たのだった。
そこでふと、ストレッチ中のルディアにグラルバルトが尋ねる。
『そういえば気になっていたんだが、君は魔術を発動する時に本を使ったり杖を使ったりはしないのか?』
「えっ、しませんけど……」
「あー、それは俺もずっと一緒に旅してきて気になってましたよ」
そういえば、ルディアが魔術師の必須アイテムとも言える杖だったり魔術書だったりを使ったりしているのを見たことがないなあと思うルギーレ。
その二人の疑問について、ルディアは魔術の勉強を終えてから使ったことはないと主張する。
しかし、その返答で一番驚いたのはティレフだった。
「ええっ!? 実戦で使ったことないのか!?」
「ありませんね。私には必要がないものなので」
「ああ、そうなのか。でもそれ、この国の中で余り言わない方がいいぞ。魔術の威力を高めるために必要な道具を使っていないのに、いろいろな魔術を使って今までの局面を乗り越えてきたとこの国の魔術師たちが知ったら、絶対妬まれるからな」




