272.泊まる場所
「体調は良くなったの?」
「ああ、まだ万全とは言えねえけどだいぶ良くなったよ」
いろいろなゴタゴタがあってようやく合流できたルギーレとルディア、そしてティレフとグラルバルトはなし崩し的にシュア王国に協力することになってしまった。
しかし、協力するといっても今回は城を拠点に活動するわけではないらしい。
「え? 城はダメなんですか?」
「ああ。すまないけどこっちも体面というものがあってね」
今まで出会った騎士団員たちの中で、宿屋に踏み込んできた茶髪の騎士団員……第二騎士団団長のエリフィルが申し訳なさそうにそう言う。
いくら勇者パーティーの元メンバーであろうが、伝説のドラゴンであろうが他国の騎士団長であろうが、この城に出入りする者は本来貴族のみなのである。
四人は全員が平民出身者という身分になっているので、一時的な出入りは許されても寝泊まりまでは許されないらしい。
「それじゃあどこかに宿をとるしかなさそうだな」
「そうですね。でも宿っていっても俺たちが騒ぎを起こしてしまったから、あの宿はもう出入りが禁止されてしまっているし……他の町か村に行くしか……」
そもそも王都なのに、平民や貧民が利用できる区画には宿が数件しかないというのもなかなかおかしな話だ。
更に騒ぎを起こしたあの宿だけではなく、他の宿も回ってみたら満室だと言われてしまった。
やはり王都だということと、魔術王国だということで観光客や他国からやってくる魔術師たちも多く、そのせいもあって宿屋は連日満室かそれに近い状況が続いているのだとグラルバルトが説明する。
「仮にも俺は騎士団長だぞ。国は違うけど……それなりの待遇ってものがあるんじゃないのか?」
「まあまあ、落ち着いてくださいよティレフさん」
プライドの高いティレフをなだめようとするルディアを見て、グラルバルトは一つの決断を下した。
『……よし、だったら私の道場に来ないか?』
「えっ、道場ですか?」
『ああ、前にも言ったかと思うが、町はずれにある道場だ。大して綺麗ではないが、場所が場所だけになかなか広いから君たち三人だったら十分に泊まれるスペースがあるぞ』
「あ、それじゃあお邪魔させていただきます!」
願ってもないグラルバルトの話だが、それには一つ条件があるらしい。
『でも、朝起きたら道場の床を掃除してくれ。それだけが条件だ』
「何で俺が……」
「まあまあ、泊めてくれる所があるだけでもいいじゃないですかティレフさん」
再びルディアがティレフをなだめていたが、ルギーレはふと考える。
「あの……グラルバルトさん」
『何だ?』
「グラルバルトさんって、伝説のドラゴンでもあって道場の主でもあるんですよね? だったら一つお願いがあるんですけど」
『んん?』
それは交換条件か? と聞いてみるグラルバルトだが、ルギーレはそうは考えておらずただ自分の本心から出たものであることを主張する。
「俺、ここのところなかなか鍛錬やってなかったんですよ。まだまだ日没までは時間があるみたいですし、俺に稽古をつけてもらえませんか?」
「え……ちょ、ちょっとルギーレ……あなたはまだ病み上がりでしょ?」
「そうだな。それはさすがに俺も見過ごせない」
今までなだめてなだめられていた関係のルディアとティレフはルギーレを止めるが、当のグラルバルトは別に断る理由もないらしい。
『まあ……それは構わないがな』
「おいおい、あんたまで何を言い出すんだ? この男を看病していたのはあんただろ?」
『それはそうなんだが、今は顔色も悪くないし……何より私たち竜の血を配合した特製の薬を飲ませているからまだ回復途中のはずだ。完全に回復するのは今日の夜だと思ってくれていい』
「じゃ、じゃあ……」
『ああ、やってもいいぞ。ただし……』
稽古で使うのはそのレイグラードじゃなくて、こちらで用意する鍛錬用の武器だぞと言っておくグラルバルト。
将来的にはレイグラードが自分の手から離れていく可能性もあるのだから、自分の本来の技術や経験だけで戦いを乗り切るために必要なことを教える、と言い出したのだ。
「はい、それはもちろんです。以前シャラードさんと特訓をした時も同じように思いましたから」
「ん? シャラード……?」
「はい。ファルス帝国の警備隊長のシャラードさんですよ」
以前自分に稽古をつけてくれたその槍使いの名前をルギーレが出した途端、ティレフの表情が一気に険しいものになった。




