267.地下牢にて
「ねえグラルバルトさん、ドラゴンの力で脱出できませんか?」
『やろうと思えばできないことはないが、そうしたら今度は私たちが本当に犯罪者になってしまうぞ』
「あー……なんでこうなるんだろ」
ルギーレとグラルバルトは、一緒にブラハード城の地下にある牢屋に入れられてしまっていた。
牢屋に入るのなんていつぶりだろうかと思うが、それよりもルギーレが驚いたのはこの地下牢の厳重な警戒体制だった。
「でもこの地下牢ってすごいですね……俺が今まで見てきた地下牢とは何もかもが違うっていうか、よくわからない物体がそこかしこにいろいろついているっていうか……さすが魔術王国って感じですね」
『君は勇者パーティーにいた時、シュアのいろいろな場所を回ったのではないのか?』
「そりゃあ回りましたけど、さすがに城の地下牢までは見に来ませんでしたよ。来るのはこれが初めてです」
『そうか……確かに私も見慣れないものばかりだが、このシュア王国に住んでいるとやはり他の国とは違うと思うことがたくさんある』
それを聞き、ルギーレは彼の人間としての生活についてまだ全然知らないことを思い出した。
看病してもらっていなければもっと前に聞くチャンスがあったのだろうが、あいにく今でも続いている身体の奇妙なこのダルさが取れなかったので、ちゃんと聞くのは今が初めてである。
「そういえば、グラルバルトさんは人間の姿で何をしているんですか?」
『私はこのコーニエルの外れで武術道場を開いているんだ』
「武術道場……?」
だからそんな修練着みたいなのをいつも着ているんですか? とやや冗談混じりに聞いてみたルギーレだったが、グラルバルトの表情は真剣そのものだった。
『ああ。この格好の方が何かと落ち着くし咄嗟の時に動きやすいのでね』
「いつも着ている……と?」
『そうだよ。だからもしいろいろと習いたいのであれば君も私の道場に来るといい。体術から武器術、パフォーマンスとしての動きまで何でも教えてやるぞ』
聞くところによれば、そもそもこのシュア王国騎士団の武術指導をグラルバルトが行なうこともよくあるらしいので、騎士団の体術や武器術は彼の仕込みによるものだとか。
『人間たちの社会に溶け込むのであれば、私がなんだかんだで二番目に早い方かもしれないな』
「じゃあ一番は?」
『それは私と同じく、このシュアを見守る担当になっている赤いドラゴンだろう。あいつは私よりも積極的に人間たちと関わるようにしている。まあ、仕事が仕事だからな』
グラルバルト曰く、その赤いドラゴンはこのコーニエルを中心として貿易商をやっているとのことだった。
それは確かに交友関係がかなり広そうだとルギーレも納得し、どこに行けば会えるのかも聞いてみたのだが……。
『あー……今は確かエスヴェテレスに行っているんじゃないか?』
「エスヴェテレス?」
『そうだよ。エスヴェテレスの見守り担当は赤いドラゴンだからな。だから君たちがエスヴェテレスに戻るのであれば会えるんじゃないか?』
そういえば赤いドラゴンと緑のドラゴン、そして前にチラッと耳にした白いドラゴンにもまだ会っていない。
さらに言うのであれば、このグラルバルトが本来のドラゴンの姿になったのもまだ一度も見ていないと思い出すルギーレに、この地下牢の話に絡めた赤いドラゴンの話を始める。
『実を言うとだな、この地下牢のいろいろな施設や設備を造るにあたって技術面や材料などの提供に奔走したのは赤いドラゴンなんだと』
「ああ、貿易商だからですか?」
『そうだ。そのおかげで世界各国に話が広がって、この最先端の地下牢が完成したんだと』
赤いドラゴンから、時間があれば地下牢を見にくればいいじゃないかと言われていたグラルバルトだったが、彼はシュアを見守ったり武術道場の経営の他にも、この世界で一番広い領土を持っているアーエリヴァ帝国の見守りもしなければならない立場だったので、ルギーレと同じく結局こうして自分が実際に入れられるまで地下牢に来たことはなかったのだという。
出入り口のドアはなんと自動で開閉してくれるものだし、中に人がいる状態で閉まると勝手にロックもかかる。
また、通路も今までの牢屋とは違って石とはまた違ったコンクリートという材質でできており、照明も地下とは思えないぐらい明るく、雰囲気としてはどこかの研究所を思わせる造りになっていた。
そして、その地下牢に何者かの足音が複数聞こえてきたのはその時だった。




