25.聖剣の魔力
「ははっ、あいつらの考えてることなんて丸わかりだぜ?」
「そうだな。ここしか出入り口がない以上、見張りをここに集中しておけばあいつらを逃がすこともない」
出入り口手前の広場で待ち構えているのは、先ほどルディアに炎をぶつけられたウィタカー。
その黒いコートやインナーは焼けてしまっているものの、その下に見える素肌や顔は何事も無かったかのように最初にルギーレとルディアと対面した時のままだった。
それを魔術で治療したトークスもまた、彼の隣でやや気だるそうに待ち伏せをしていた。
ほかにこの町から出られる場所はない。
そう考えていたのだが、一度聖剣を握ってその力をふるった男にはそんな考えも通用しなかったのだ。
「……おい、引き返すぞ」
「え?」
「あいつらが出入り口で待ち伏せしてやがるぜ。だから別のルートを探そう」
「ええっ、この距離から見えるの!?」
人混みの中でそう言い切ったルギーレに、ルディアは驚きを隠せなかった。
二人が今いる場所から出入り口までは少なくとも二百メートルは距離があるはずなのに、ルギーレはよどみなくそう言い切ったのだから。
「ああ」
「普段から見えてるの?」
「まさか。俺だってそんなに目は良くないはずなんだが、多分あの剣の魔力を浴びたからかな……」
「でも……今までそんな目がよくなった素振りが全然なかったじゃない?」
「だって昨日までそんなことなかったんだぜ。なんかさ、日が経つにつれて視力とか聴力とかが良くなってる気がするんだよなあ」
とにもかくにも、ルギーレの言うとおりに待ち伏せがされているのであればここは引き返して別のルートを探すしかなさそうだ。
しかし、この町から出入りをすることができるのはその待ち伏せがされている場所一つだけ。あとはぐるりと周囲を石の壁に囲まれている町なのだ。
それを考えると、あの待ち伏せをしている連中がさっさとどこかに行くまで待つしかなさそうだと考えるルディアに対し、ルギーレは別の方法を頭の中で思い描いていた。
「さて……こっからならあいつらに見つからずに逃げられそうだな」
「はっ? ちょっとあなた、何を言い出しているの?」
「何をって?」
当たり前のことを聞くなとでも言いたげな返事の仕方をするルギーレに、ルディアは戸惑いを隠せないまま自分の疑問をぶつける。
「いや、だって……路地裏をずっと歩いてきたと思ったら、こうやって石壁の目の前に立っていきなり変なことを言い出すんだから、そりゃあ何で? ってなるでしょ、普通……」
そう、ルディアの言う通り今の二人の目の前にはこの町を囲む石壁がある。
その目の前で妙なことを言い出したルギーレに困惑を隠せない彼女を尻目に、ルギーレはグルグルと右腕を回してコツコツと壁を叩いた。
「これならいけそうな気がするぜ。おいルディア、下がってろ」
「え……あなた、まさか」
「そのまさかだ、行くぜぇ……うおらぁっ!!」
大きく振りかぶって気合一発、ルギーレは右の拳をまっすぐ石壁に向かって突き出した。
その拳が壁に当たった瞬間、拳を中心として激しく石の壁が砕けて穴が開いてしまったのだ。
しかももう一発殴れば、二人とも通れるほどの大きさの穴が開けられそうである。
「……すご……」
「うっしゃ、もう一発行くぜ! 今度は左でチャレンジしてみっか!」
その宣言通りに左の拳が唸りを上げ、人ひとりがようやく通れるほどの穴が開いて脱出口を確保できた。
もともと魔物から町を守るために作られた石の壁なので、これは早急に直してもらわねばならないだろう。
なので脱出口を確保したのはいいが、その後始末もきちんとしなければならないので、いったん町の住人たちに穴の存在を伝える。
そして穴の大きさの確認をするという名目で二人が外に出て、壁越しに住人たちにここを直すように依頼を出した後、いったん帝都へと戻ることにした。
「ふいー、これで何とかあのディセーンって町を後にできたわけだが、問題はここからだよな」
「ええ。でもあなたのその能力はすごいわね」
「あの剣のおかげさ。けどよ、ちょっと使っただけの奴の能力をこれだけ上げてくれるんだったら、あの剣を狙うってやつらの気持ちもわかるぜ」
今まではあの剣が本当に伝説の聖剣レイグラードなのかすら怪しかったのだが、こんな人間離れした能力が一朝一夕で身につくわけもないので、やはりあの剣が聖剣であると二人はこの時に確信した。
「でもよ、あの剣を狙ってるあいつらは世界征服をするって言ってたけど、そんなでっけえこと言うだけの実力があるのかねえ?」
「列車を爆破するぐらいの連中だからあるにはあるんじゃないかしら? いずれにしてもあの連中のことを野放しにはしておけないし、聖剣が狙われているなら陛下に報告しておきましょう」
ずいぶん遠くまで来てしまったうえに、アーエリヴァに向かうどころか列車も使えないので帝都に戻るしかなくなってしまった。
これはまだまだスローライフには時間がかかりそうだと、嫌なほど晴れ渡っている青空を見上げながらルギーレはそう思った。




