257.やってきた彼
「はい?」
『グラルバルトだ。開けてくれないか』
「ああ、はい……」
しかしもしかしたら万が一のことがあるかもしれないので、ティレフは自分の愛用している槍を片手にまずはドアの覗き穴から向こう側を確認する。
するとそこには、黄色い頭髪に黄色い瞳、着ている上下の服装は黄色を基調にオレンジ色の模様がそこかしこに入っている中年の男が立っている。
見たところ武器を所持している様子はないのだが、もしかすると仕込みナイフなどを隠していてもおかしくないかもしれないので、ティレフは警戒しながらドアを開ける。
「……どうぞ」
『ああどうも。君がティレフ君でいいのかな?』
「ああ、そうだけど」
パッと見はやや痩せているような体躯だが、よく見てみれば肩や太ももにはしっかりと筋肉がついているのがわかる。
その手にはオレンジ色の大きなバッグを持っており、何かをいろいろと入れてきたようだが、ティレフはまだ半信半疑である。
(この男が伝説のドラゴンだって? そもそもそんな簡単に伝説のドラゴンだって自分で言ってしまっていいのか?)
このシュアに来る時だって、伝説のドラゴンに関しての話は伏せていたというのに、自分からそう言われてしまってはどうリアクションしていいのか困るティレフ。
そんな彼を横目で見ながら、グラルバルトと名乗った中年の男はベッドの上でうなされながら寝ているルギーレを発見した。
『ははあ、彼が噂のねえ……セルフォンから話は聞いているけど、やっぱりレイグラード関係だろうねえ』
「えっ? わかるのか?」
『そりゃあ話を聞いてきたからわかるさ。今はあいにくレイグラードはないみたいだが、その影響を受けてしまって倒れたんだってのは私にもわかるよ』
要は聖剣の使いすぎと、溜まっている負の魔力によって身体が耐えられなくなったんだよとハキハキ言うグラルバルトを見て、ティレフはこの男が伝説のドラゴンの擬態だとだんだん信じ始めてきた。
「そういえばルギーレから話を聞いたことがある。シュヴィリスって青いドラゴンの人に、レイグラードを使いすぎるといずれ死ぬよと言われた、と」
『そうだな。レイグラードは斬った相手の魔力を吸い取る魔剣でもあるから、聖剣と呼ばれて崇められるような存在じゃないんだよ、本当はな』
でも、人間たちはこの世界各地で起こっていた数々の戦争で大活躍をしたから、いつしかそれを聖剣と崇めるようになってしまった。
それを扱う人間はいずれ、ルヴィバーのように今まで斬って吸い込まれた相手の魔力に今度は自分が吸い込まれるようになってしまう。
今回、ルギーレが倒れてしまったのはその前兆ともいえる状態らしい。
「しかし……ニルスとかいう危険な存在を倒すには一筋縄ではいかないだろう。向こうは偽物のレイグラードを手に入れたみたいだが、いまだにあの本物のレイグラードを狙っているとなれば、当然またルギーレの目の前に現れると思っている」
『私もそれは同じ考えだよ、騎士団長。だが、レイグラードがこの男を使い手として選んでしまった以上、その運命からは逃れられない』
「運命、ね……」
それを何とか捻じ曲げて回避する方法はないのかと聞いてみるティレフ。
最終的にルヴィバーと同じ運命をたどるだけになってしまうのであれば、悲しいだけじゃないかと思ってしまう。
その話を聞きながら、持ってきた薬のブレンドを終えてルギーレを起こして飲ませ始めたグラルバルトは、神妙な面持ちでこう言い出した。
『ないわけではないんだが……』
「本当か!?」
『ああ。でも……この話は余り人間たちにするべきではないと思っているんだ。今から言うことはまだ、私と君とルギーレだけの秘密にしておいてもらえるか?』
「まぁ、それは構わないけど……」
薬を飲ませ終わったグラルバルトは、部屋のそばに置いてある小さな椅子を持ってきて腰かけ、改めてティレフに向き直る。
『君は、この世界の北の方に浮かんでいる霧の島を知っているか?』
「知っている。ポツンと浮かんでいる大きな島だが、霧がかかっていて中の様子が見えない謎に包まれた場所だと」
『そうだ。このルギーレと一緒に旅をしてきたルディアが捕らわれていた場所だというのは、セルフォンから私も聞いている』
「え……?」
ルディアがあそこに行ったことがある?
そんな話、少なくとも俺は初めて聞くぞとティレフは驚きを隠せない。
ティレフがそうリアクションするのを見越していたグラルバルトは、その話の続きをする。
『驚くのも無理はないだろうな。あの島は霧が魔術防壁になっていて、私たちしか中に入れないようになっているのだから』
「そうなのか?」
『ああ。だが、あのニルスという男は何らかの方法を使ってルディアを誘拐し、あの島の中に運び込んだ。そこから考えられるのは、ニルスという男はあの島の中で生まれ育った人間だとしか思えないんだ』




