250.悲しさ? いや……
「ぐえっ」
「逃がすもんか。こののんびり女」
やっとのことで地上に出ようとしていたライラの目の前に現れたのは、本来であればここにいるはずのないルギーレ、そして宰相のジェバーだった。
地下に続く一本道の通路の曲がり角から出てきたそのルギーレに、出会い頭に思いっきり腹を蹴られて地面に倒れ込んだライラだったが、腐っても勇者であるのですぐに起き上がる。
「あててて……あらー? あなたはあの役立たずのルギーレくんじゃない? こんな所で何してるのぉ?」
「それはこっちのセリフだ。お前……こんな大層な地下トンネルを掘って何しようとしてんだって話だ」
気分が悪くなりそうなぐらいに濃い魔力を感じ取れるこの洞窟の先には、きっと何かがあるはずだ。
魔術通信でその連絡を受けたルギーレだが、彼一人でここまでやってきたのにはそれなりの理由があってのことだった。
「ふーんだ。教えなーいもーん」
「へー、あっそう。じゃあ俺たちがワイバーンの上から見た、せっかく避難させた住民たちをまた王都の中に押し戻していく色とりどりのコートを着込んだ集団についても、関係があるかどうかは教えてくれねえんだな?」
「……だからぁ、教えないって言ってるの~!」
ライラの目が少し泳いだのをルギーレもジェバーも見て、やっぱりこの奥には何かがあると確信する。
ちなみに自分にとって腹の立つ喋り方をする人間は、自分のそばに控えているジェバーだけではないことを再認識させられたのだが、この洞窟と住民たちの強制誘導は決して無関係ではないのだと睨んでいるルギーレ。
そんな彼のかたわらで今のやり取りを聞いていたジェバーが、相変わらずの口調で自分の予想を述べ始めた。
「ふふふ……実は私、聞いてしまったんですよ?」
「え、なぁに?」
「あなたたちがこの地下に魔力を溜め込んで、王都を壊滅させようと大掛かりな仕掛けをしているってね。そしてそれが、やぐらの破壊にも関係しているんじゃないかって思っているんですよ」
「しつこいー! そういう人って私嫌いなのー!いいからさっさとどいてよね。私はここから出なきゃいけないからぁ」
「へえ、それはここが爆発するからですか?」
「……!!」
今までのんびりしていたライラの顔が、一気に緊張で強張るのを二人は見逃さなかった。
図星らしいのが見え見えな彼女に向かって、今度はルギーレが問いかける。
「レイグラードの加護……って知ってるか?」
「し、知らなぁい……」
「じゃあ教えてやろう。俺が持っているこの本物のレイグラードは、視力、聴力、嗅覚など身体の五感の能力をアップしてくれるんだよ。だから俺にもジェバーさんにも聞こえたんだ。この地下施設が爆発まで残り五分だってな。だからお前がここの自爆装置を作動させて、王都ごとここを吹っ飛ばすつもりなんだろ?」
ルギーレがそう言った後で、ジェバーから補足情報が入る。
「ちなみに私たちだけでここにきたのは、あなたたちが王都の中に押し戻している住民たちをもう一度避難させるために、他の皆さんが戦ってくれているからなんですよ~!!」
「ちょ、ちょっと待ってよ~! それじゃあ爆破しただけで終わりじゃないのよー!!」
「ふふふ……王都が爆破されてしまうのは寂しいですが、すでにこのことは陛下や騎士団含めて私たちの関係者には全て通達されていますからね」
だからルディアやシュソン、ティレフたちが今ベルトニアの住民たちの移動を妨げるコートの集団を排除しているというジェバーだが、さらにライラに衝撃的な報告がルギーレからもたらされる。
「ああそうそう……それとさ、ベルタの奴が死んだって話は聞いているか?」
「……え?」
「その様子じゃあどうやら聞いてねえみてえだな。だったらハッキリこの場で伝えてやる。お前の仲間のベルタは……俺を追放したメンバーのうちの一人のベルタ・ミニャンブレスは死んだよ。俺と一緒にいたあのルディアが殺したし、死体もこの目でハッキリ見たし、その場で持ち物を検査してから火葬してやったよ!!」
「死ん……だ? ベルタが?」
「ああ」
「あなたの仲間にやられて?」
「そうだ」
「もう肉体も残っていない?」
「そう言ってんだようっせーな」
なのにどうして、この目の前の男はこんなにも平然としていられる?
かつての自分の仲間だった女を、今の仲間である女が殺して何も感じないのか?
思わずそんな疑問が口をついて出ていたライラだが、そんな彼女を鼻で笑って一蹴するルギーレ。
「平然としてるって? 笑わせんじゃねえよ。むしろ今は清々しい気分しかねえよ。俺を追放した奴らが、こうして一国の都をでっかいブツ使ってぶっ飛ばそうとしてる連中になっちまってんだからよ」
だからそんな奴らについて行かなくてよかったって。
悲しさとかそういうのよりも、あの時に俺を追放してくれてどうもありがとうって。
お前らと同じ道に進んでいたら、きっと今は俺が世界征服を企んでいる連中の一員として見られていたんじゃないかって。
俺はそう言いたいんだ、とルギーレは声高にライラに言い放ったのだ。
「だから、お前にもプレゼントをやるよ」
「プレゼント?」
「そう……これだよ!!」
ルギーレはそう言い終わると同時に身を屈める。
その彼の後ろから、特大のファイヤーボールがライラに向かって撃ち出された。




