240.バーレンの騎士団長と最後のやぐら
ベルタの考えている策略が何であろうが、捕まってしまったシュヴィスを取り戻すべくチアカトラン地方へとやってきた一行は、遠くからやぐらとその周辺の様子を見て作戦を練る。
「すごい数の敵です。これはやぐらに着くまでがまず一苦労ですね」
「今まで僕たちが回ってきたやぐらのどれよりもすごいね。となるとまずは敵を減らさないといけないけど、下手に刺激するとシュヴィスの身が危ない」
レーヴァとシュソンが望遠鏡を覗きながらそう言うが、この人数だけあってもうすでに向こうには感づかれているかもしれない。
前にやぐらの上から弓で狙われたこともあって、物見たちがやぐらにいてもおかしくないからだ。
そして、この分厚い敵の壁の中のどこにシュヴィスがいるかが最大の問題だ。
「やぐらは向こう側ですよね。じゃあ俺たちが逆側から偵察に行きましょうか?」
「大丈夫ですか? シュヴィスさんみたいに捕まらないとも限りませんよ」
「そう言われても、敵の全容が把握できないとどうにもなりませんからね。とりあえず回り込んでみましょう。こちらにはバーレンの騎士団長もいらっしゃいますし……」
そう言いながらルディアがチラリと視線をやるのは、水色の長めの頭髪にシュッとした輪郭が特徴的な、槍使いの若めの男である。
ルディアが彼のことを信頼しているのを見て、彼と昔からの知り合いでもあるシュソンが警告をしておく。
「信頼するのは構わないけど、焦って突っ走っちゃダメだよ、レルトイン」
「心配するな。俺たちだってはるばるこうしてラーフィティアまでやってきて、むざむざ捕まるようなヘマは踏むもんか」
自信たっぷりに槍を掲げながらそういう男こそ、バーレンの槍隊の隊長であり騎士団長の立場でもあるティレフ・レルトインその人である。
自信家でプライドが高いが、その分は口ばかりの男ではなくきちんと実力を兼ね備えている。
しかし、そのプライドが邪魔をしないかどうかがシュソンにとっての心配ごとだった。
(実力はあるけどプライドも高いからなあ。暴走しないか気にかかるが……まあ、任せてみるしかないか)
何かあったらすぐにでも連絡をくれと言っておき、彼はルギーレとルディアとレーヴァとともに大きな湖の反対側へとワイバーンを使って回り込んでいく。
そもそもここまで大急ぎでやってきたのも、ワイバーンに乗って来たからであった。
馬を置いて行きたくないと言い出したレーヴァたちラーフィティア軍の要請もあり、ルギーレたちの馬も一緒にワイバーンにくくりつけて一緒に空を飛んできた経緯もある。
そんなトリッキーなやり方でよく馬が落下しなかったもんだと思い返して苦笑いを浮かべるティレフだが、今は先ほどまでくくりつけていた馬もいないので、ワイバーンを器用に操ってやぐらの反対側に回り込む。
「この辺りならギリギリ見えるかな?」
「ええ。あのやぐらがもうちょっと陸地の方に建っていてくれたらやりやすいんですけど、何で湖のギリギリに建てちゃったもんですかね、これ」
いったんその湖の上から望遠鏡を使って、ルギーレがシュヴィスの位置を確かめようとするが、やはり遠すぎるのと接近がこれ以上不可能というだけあって何の成果もなしに終わってしまった。
仕方がないので大きく迂回してやぐらの反対側に潜り込んだ四人は、ワイバーンから降りて敵陣の様子を望遠鏡で偵察する。
「うーん、見張りの数も多いし警戒心剥き出しなのがありありだ。これじゃシュヴィスがどこにいるのかわからないな」
「やっぱり強行突破しかないっすかねえ、これは」
「それもいいとは思うのだが……敵の内部に潜入するのもありだと思うぞ」
「えっ?」
そう言いながら、ティレフはそばの湖の水面に目をやる。
ついで目をやったのはレーヴァの小柄な身体だった。
その自分に向けられる意味深な視線の意味を、今までの話の流れから冷や汗を流しながら感じとるレーヴァ。
「まさか……私がこの湖の中を泳いで向こうまで行って探索をしてこいと?」
「そうだ。それしかあるまい。潜入は破壊工作などの教育は受けているんだろう?」
「戦術の一環として受けてはいますけど、こういうのが得意なのはナーヴァイン副団長なんですよ。それに言い出しっぺのあなただって行けないことはないんじゃないですか?」
提案した奴が行けばいいのにと思うレーヴァに対し、ティレフはもっともらしいことを言い出した。
「いや、俺は見ての通り背が高いのとバーレンの騎士団長という点で向こうに顔が知られている可能性がある。お前は連隊長、そしてその小さい身体だからこそ任せたいと思っている」
身体が小さい分を槍のリーチの長さで補っているのだが、決してデメリットばかりではない。
それを存分に活かすことができるんだぞ、となぜか自国の騎士団員である自分に他国の騎士団長がそう言ってくるので、モヤモヤを隠しきれないレーヴァだが、結局はティレフの威圧感とシュヴィスを助けるために必要だと割り切ったことで、水中からの潜入がスタートした。




