221.王都ベルトニアの異変(その2)
その噂そのものを、青いドラゴンのシュヴィリスから直に聞いたルギーレたちは燃え盛る林を見つめて戦いの終わりを実感していた。
北北東のティクカカル地方で三つ目のやぐらを破壊し、次に目指すは東のネペック地方である。
「これで三つ目か……残りは半分だな」
「ええ。ですが残りを全て破壊するまで油断はできませんよ」
ロサヴェンとティラストがそう言い合っているかたわらでは、自分にかかってきた魔術通信に受け答えをしているジレフィンの姿があった。
だが、ようやくやぐらを破壊したのにもかかわらずその表情は厳しい。
なぜなら、その通信の内容が焦りを覚えるものだったからだ。
「それは本当ですか? ……わかりました。それでしたら至急王都に帰還いたします」
「どうした?」
通信を切って冷や汗を流しているジレフィンに気がついたローレンが声をかけると、連隊長はローレンの予想外のことを言い出したのだ。
「それがさ……王都の駅が使用不可能になってしまったんだよ」
「へ?」
「正確に言えば、駅の機能が全部停止してしまったらしいんだ。だから俺はその指揮を取りに戻らなくてはいけないんだ」
「そんなの、王都にいる人間たちで何とかならないのか?」
心底不思議そうに聞いてみるローレンだが、ラーフィティアにはラーフィティアなりの事情があるらしい。
「あー、人手が足りないんだ。さすがに駅の機能が全部止まってしまったとなると、騎士団としても往来客の誘導や復旧までの警備を強化しなければならないんだ。こういう非常事態に乗じてよからぬことを企む奴らもいるからな」
「まあ、それもそうか。それだったらどうする? これからは私たちだけで行動していいのか?」
それでもいいならこのまま次のやぐらに向かおうと考えているローレンだが、ジレフィンの方は自分の代わりに向かってくれる部隊をきちんと紹介してくれた。
「それだったら心配するな。次に向かうやぐらの方にはちょうど今、別の連隊が魔物討伐に出かけているはずだ。だからその部隊と合流してくれ」
「誰がリーダーだ?」
「シャブティだよ、大斧使いのな」
「ああ……お前と同じく、サルザードの元私兵団員だった桃色の髪の毛の大柄な男か」
名前を聞いてローレンがすぐに思い出した男も、ジレフィンと同じくこのラーフィティアに追放されてきた人間だった。
それに今回の戦いでジレフィンの連隊にも被害が及んでしまい、どちらにしろ自分たちの活躍をカルヴァルに報告しなければならないので、ここでジレフィンとはお別れである。
そして二人と合流した他のメンバーたちも、今のやり取りで話していた内容を伝えられて納得し、馬にまたがって駅のある町か村を目指し始めた。
その道中で、これから目指すネペック地方についてパルスが話し始める。
「俺、ガキの頃に旅行に行ったことあるんだけどさ……ネペック地方って確かバーレンとの国境にほど近くて、大きな山があったんだよ」
「ああ、ヤオトラム山のことだな。そもそも今回、その山を越えて僕がラーフィティアに入ったんだ」
「ええっ、そうなのか!?」
山を越えてやってきたというシュソンの発言に驚きを隠せないパルス。
だったら何か怪しい人影を見たとか、そういうことはなかったか? と聞いてみれば、斧隊の隊長は困った顔をして手綱を握りなおす。
「それがねえ……こっちに来る理由のそもそもの発端が、その辺りで怪しい人影を見たっていうもんだから、ちょうどラーフィティアに入るルートをどこにしようか迷っていた僕が調査も兼ねて通ってみたんだけど、その時は特に何もなかったなあ」
「そっか……でも、そのヤオトラム山ってラーフィティアとバーレンの国境をまたぐとんでもなく大きな山だから。やぐらを建てようと思えばいくらでも山の中に建てられそうだぜ」
「うーん、確かに」
木を隠すなら森の中、という言葉があるようにやぐらという目立つ建造物を隠すのであれば、それこそ燃やしたあのティクカカル地方の林の中もいいだろうが、それ以上に山の中であればもっと効果的にやぐらを隠すことができるだろう。
しかし、その会話を横で馬に乗りながら聞いていたルギーレがポツリと呟いた。
「でもそれって、やぐら建てんの大変そうですね」
「まー、それも確かにあるねえ。山の中にいろいろと材料なり道具なりを運ばなければならないんだし、あれだけ大きな山だったら登るのも下りるのもかなり苦労する。実際に僕だって山を越えるのに三日かかったんだからさ」
この世界に生息しているのは人間だけではなく、大型の魔物だってたくさんいるのだ。
普段は山の中でひっそりと暮らしていても、人間が迷い込んでくればそれはごちそうになる。
だからこそ、シュソンも魔物に出会わない登山ルートを選んでバーレンからヤオトラム山を超えてきたのだ。




