210.途絶えた通信と冷静なニルス
「ニルス様、ロークオンとの通信が途絶えました」
そう言いながら部屋に入ってきたのは、ロークオンの仲間でありバーサークグラップルのサブリーダーでもあるジレディルだった。
彼は平静を装ってはいるものの、その顔はヒクヒクと引きつっており動揺が隠しきれていない。
それもそうだろう。自分のメンバーであるロークオンとエイレクスとの連絡が取れなくなってしまったからである。
しかもエイレクスの方はすでに死亡が確認されているので、まさか今回はロークオンが……となおさら動揺が隠せない状態だ。
しかし、そんな感情を隠しきれていないジレディルの様子を見ても、ニルス自身は冷静に受け答えをする。
「そうなんだ。やぐらの状態はわかるかな?」
「やぐらも……残念ながら破壊されてしまったようです。王都とつながっている魔力のパイプから魔力の移動がされなくなっていますから、間違いないでしょう」
「ふーむ、なるほどねえ……」
ギシリと椅子をきしませて報告を聞き、一つうなずいてジレディルとの会話を終わらせようとする。
「わかったよ。ひとまず残りのやぐらを護っている連中にはこのことを伝えておいて。それと警備を強化するようにってね」
「……あの、ちょっといいっすか?」
「ん? 何だい?」
まさかこれでその会話が終わりになるんじゃねえだろうな、とジレディルはニルスの態度に不信感を覚える。
「正直に言ってください。俺たちのこと、どう思ってます?」
「どうって? そりゃあ君たちが優秀な人たちだと思ってるよ。よく働いてくれているし、私も君たちを信頼しているよ」
「ふーん……」
「何? どうしたの?」
「いや、あのね……俺にはどうもあんたがそう思ってるようには見えないんっすよねえ」
立て続けに二人の仲間との連絡が取れなくなったというのに、それだけ冷静なのはどうしてなんだ?
ジレディルの頭の中にはふつふつとそんな疑問がわいてきているが、ニルスはジレディルからそう言われようがあくまでも上品な笑みを浮かべて冷静なままである。
「そう思っているのは君だけじゃないのかい? さっきも言ったけど、私は君たちのことを信頼しているんだし、これからの働きにも期待しているんだよ」
「だからその態度が信用できねーっつってんだよ。俺、リュドから聞いたんですけど彼女にも同じようなこと言ってたらしいじゃないっすか」
戦場で仲間を失う辛さでいちいち動揺しているようじゃあ、敵には勝てない。
利用価値がなくなったらどうなるかわかるだろう?
リュドからこんなことを言われたって俺が聞いているんだぞ、とジレディルはもう自分の態度なんて気にしない口調で詰め寄るが、ニルスは決してその穏やかな笑みを崩そうとはせず、一切態度を変えることはしない。
「うん、言ったよ。でもそれは君もわかっているんだろう? 戦場に立つ者として、感情にとらわれて突っ走った結果、自分がどんどん追い込まれていくものだって」
「そ、それは……」
「今だってそうだよ。通信が途絶えたくらいで君は取り乱しすぎなんだよ。エイレクスのことは確かに残念だったが、そのやぐらを護っているロークオンはまだ生きているかもしれないじゃないか。それにやぐらが壊れたらまた造り直せばいいし、造っても壊されるんだったら君が前線に出てその壊している連中を全員始末してくればいいだろう? 少しは落ち着くってことを覚えた方がいいと思うな」
「……っ!!」
確かに自分は取り乱している。
でも、それ以上にこの男はどうしてその状況で笑っていられる? 何でこの状況でこんなにも落ち着いていられる?
自分の部下、しかもそのうち一人の幹部が既に死亡しているんだぞ?
「俺の仲間が死んでいるんですよ? エイレクスって……俺の仲間が!!」
「だからそれは残念だったって言っているじゃないか。仲間の仇を取りたいのかい?」
「当たり前じゃないっすか!!」
「じゃあ君に命じるよ。東の方にあるバーレンに一番近い櫓には誰も幹部がいないんだから、そこに行って守護部隊のリーダーをやりなよ。そこまで言うのなら、ちゃんとそのやぐらを壊した連中を殺して報告してくれるんだろうね?」
「わかった……あんたがそこまで言うのなら、俺がやってやるよ。でも一つだけ約束してくれ」
「何?」
「俺がそいつらぶっ殺したら、俺にもあの勇者たちに作った特殊な武器を作ってくれよ」
「いいよ。君だけとは言わず、バーサークグラップルの幹部連中にも作ってあげるよ」
その約束をして部屋を出たジレディルは、どうかロークオンが無事であることを願う。
ロークオンは無口な男ではあるものの、リーダーのウィタカーとは自分よりも長い付き合いであり、自分がウィタカーの右腕になる前は彼が右腕だったのだから。
ロングボウと共に魔術や体術も使うトリッキーな戦い方を戦法とするだけあって、そうそう簡単に負けるはずがない。
ジレディルはそう思いながら、東へ向かう準備を始めるのだった。




