209.数の差で勝負
「うわっ!?」
「きゃっ!!」
冷たい液体がビシャッとふりかかった瞬間、急速に自分たちの体内から魔力が消えていくのがわかった。
パルスにとっては初体験であるが、以前にもこんな経験をしたルディアはサーッと血の気が引く。
「パルスさん、逃げましょう!」
「何で?」
「遅い!」
何の液体だかわかっていないパルスの足に向かって、思いっ切り突き立てられた弓使いの矢。
「ぐうううああああっ!?」
「パルスさん!」
「ふん!!」
「げはっ!?」
魔術が出せないことがわかってしまったルディアは、続けざまに繰り出された男の前蹴りによって先ほどのパルスと同じくゴロゴロと後ろに転がってしまう。
腹を蹴られて悶絶する彼女に対しても、足を刺されて痛がるパルスを見ても、男は何の興味も示さないどころか続けて弓を構えようとする。
しかしその時、男が何かに気づいたそぶりを見せたかと思うと自分の懐から魔晶石を取り出した。
「はい、こちらロークオン……え? ああ、わかった」
この状況下で魔術通信に出るほどの余裕を見せる、自らをロークオンと名乗った弓使い。
二人が即座に反撃できない状況に陥っていることを、彼もまたわかっているのである。
(まずいわね、さっきの液体は前にエスヴェテレスでウィタカーたちに盛られた、魔術が使えなくなる薬だとしか考えられないわ!)
試しに先ほどのようにエネルギーボールを生み出そうとしても、魔力が手に向かって集まっていく感触が全く感じられなくなってしまっている。
こうなってしまっては自分の利用価値なんて……。
「うおおおおおおおおっ!!」
(え?)
無いかもしれないと思うルディアの横で、足を刺されながらも気合の雄たけびを上げながらロークオンに向かっていくパルス。
その手には自分の得意武器である短剣が握られているが、手負いの狼状態となってしまった彼はもはや、ロークオンの敵ではなかった。
向かってくるパルスの攻撃をいとも簡単に腕で防ぎ、カウンター気味の蹴りを彼の腹に入れたロークオンは、足を負傷してまともに飛び退けないパルスの顔面に頭突きを入れる。
だが、パルスはそれで終わらなかった。
鼻の骨が折れてしまったとわかっても、倒れこんだその足でロークオンの足を蹴る。
「ぐっ!?」
負傷していない方の足で蹴られたロークオンが一瞬バランスを崩したところに、全力疾走で向かってきたルディアが飛び掛かる。
本来の彼であれば避けられるはずのその飛び掛かりだったが、バランスを崩したこととパルスばかりに気が行っていたため彼女に気が付くのが遅れてしまった結果、全体重を乗せてルディアにのしかかられる体勢になってしまった。
「このぉ、このぉ!!」
「くっ……なめるな!」
ルディアの全力のパンチがロークオンの顔に叩き込まれるも、こういった肉弾戦に関して不慣れな彼女の攻撃は、ロークオンにとっては全然大したものではない。
細身とは言えども筋力や体格には差があるので、その差を使ってルディアの身体を掴んで力任せに押しのけたロークオンは、まずお前から始末してやるとばかりに両手で彼女の首を絞め上げ、岩壁に押し付けてガツンガツンと後頭部を岩に打ち付ける。
「ぐえ、ぐぅ……」
「お前から死ねええ!!」
ロークオンの両手をつかんで引きはがそうとするものの、ルディアの腕力ではビクともしない。
だったら打撃で応戦とばかりに、ロークオンの顔面に自由な両手でパンチを入れまくるが、やっぱりパワーの差で効果が薄い。
こんなところで殺されたくはないその一心で腕を振り回すが、そばの崩れかけた岩壁に手が当たって自爆するだけだった。
(……ん!?)
しかし、それがルディアのチャンスになった。
岩壁の一部に手をかけてみると、崩れかけていることもあって手のひらサイズの岩をもぎ取ることができた。
先ほどのパンチでは効果が薄かったが、硬い岩を顔面にぶつけるとなれば話は別だった。
「ふん!」
「ぐわ!!」
岩を握った右手を何度もロークオンの頭部や顔面に振り下ろし、力が緩んだところで首絞めから脱出。
頭部にダメージを負ったロークオンの方は、頭がふらふらするのを踏みとどまって抑えようとするものの、その間は完全に無防備状態になる。
それを見たパルスは力を振り絞って、自分が先ほどの前蹴りで落とした短剣を拾い上げて背後からロークオンのうなじに突き立てた。
「ぐがっ……」
その奇妙な声が生涯最後のセリフとなったロークオンは、短剣が刺さったままがっくりと脱力して地面に倒れ伏してしまった。
魔術が使えなくなってしまった二人が、魔術に頼らずに勝利した瞬間である。




