19.選ばれし者?
「そこまでっ! 勝ったのはルギーレだ!!」
そのディレーディの勝者を告げる言葉が鍛錬場に響いた瞬間、張り詰めていた空気が和らぐ。
同時にざわざわとどよめきやざわめきが聞こえ、ルギーレをたたえるよりも何か得体のしれないようなものを見る視線が彼に突き刺さる。
その視線にかまわず、ディレーディはルギーレに自分の執務室に来るように言う。
そしてついていった執務室で、ルディアとともにこう告げられた。
「とりあえずこの剣の威力については存分に見させてもらったが、どうやら使える人間を選ぶようだな。だからまずはこれを徹底的に我らの方で調べさせてもらう」
そう言いながら、ディレーディは彼のそばに控えている白い髪の男……このエスヴェテレス帝国の宰相を務めているヴァンイストに剣を手渡した。
それを受け取ったヴァンイストは、ふむ……と呟いてからある事を思い出した。
「この剣がもし本当に、あの伝説の聖剣レイグラードだとしたら……いろいろと情報をまとめた方がいいですね。そしてあなたがこれを扱える者だとしたら、もしかするとルヴィバー・クーレイリッヒと何かしらの関係があるかもしれません」
「え、お……俺がですか?」
伝説の冒険家であるルヴィバー・クーレイリッヒ。
それと自分が何の関係があるのかさっぱり見当もつかないルギーレだが、聖剣レイグラードにはまだあまり知られていないことがあった。
「実はだな、レイグラードを使いこなせるのはほんの一握りの選ばれし人間だけなんだ」
「え?」
「と言っても技術面での話じゃない。我がこの剣を握ったときには特に何も起こらないただの剣でしかなかったが、お前がこの剣を握ったらすさまじい魔力が湧き出てきた。その時点で我はこの剣とお前との間に何かがあるとしか思えなくてな」
その話を聞いていたルディアも、あっと思い出したことがあった。
「その話なら私も聞いたことがあります、陛下。恐ろしい量の魔力を中にため込んでいるレイグラードは、その魔力に耐えられる者だけが扱う資格があるのだと。資格があるかどうかは剣が判断するらしく、資格を持たない者には真の力を解放しないのだという逸話があったとか」
「ほう、さすがはヴィーンラディの国王から認められている魔術師のことだけはある。というわけなんだが……ルギーレ。お前がやるべきことはわかっているだろう?」
すでに事前の聞き取りによって、ヴィーンラディ王国からやってきたこともバレているルディアの話から続けてルギーレに問いかけるディレーディ。
しかし、いきなり話を振られたルギーレはこう答えるしかなかった。
「え……あ、はい! 俺はこれから自分のギルドランクを上げながら、この剣の秘密を探るためにのんびりと旅に出ます!」
「はっ?」
お前は何を言っているんだ、という視線が二つルギーレに突き刺さる。
どうやらディレーディとヴァンイストが求めている答えは、彼の答えの中にはなかったらしい。
「それ、まさか冗談で言っているのか?」
「いえいえ、俺は本気ですよ!」
「待て待て。お前は確かにこの剣を持つと恐ろしい量の魔力や身体能力が手に入るみたいだが、実力が全く伴っていないだろう?」
「え、えーと……それはまあそうですけど……」
だからDランクの自分がその剣をもっと扱えるように、スローライフを満喫しながら旅をして実力を上げることを考えていたのだ。
その答えを聞いたディレーディは、ヴァンイストに顎で合図を出す。
「いいか、ルギーレ。あなたが持つこの剣がレイグラードである可能性は非常に高い。そしてその剣が世の中にまた出てきたと知れ渡ってしまったなら、これが狙われる可能性も非常に高いんだ」
「狙われる?」
「当たり前だろう。自分が一番よくわかっていると思うが、この剣の威力は恐ろしいものがある。そしてお前が選ばれし者だというのであれば、のんびり過ごすなんて悠長なことはこの世界ではできないだろう」
「えっ……じゃあ俺はどうすりゃいいんですか? この国から出るなって言いたいんですか?」
「そうなるな。特に今はあれだけの衆人環視の前で力を見せてしまったんだ。まあ、これは我のミスでもあるからお前一人に責任を押し付けるわけにはいかない。だからまずは我らが責任をもって、お前をこの剣の使い手にふさわしくするためにみっちりと扱かなければならない」
なんだか話がだんだん変な方向に転がっている気がする。
そもそもは自分の生い立ちを知りたいとか、勇者パーティーを追放されたのでスローライフを満喫したいとか思っていたはずなのに、いったいどうしてこうなってしまったのか。
しかし皇帝直々にそう言われてしまうと、今更「嫌です」とは言えなくなってしまうのでいったいどうすればこの状況から脱出できるのかを必死に考えるルギーレ。
(……あ!)
そして一つの結論にたどり着いた。
「あ、あの……そう言ってくれるのはありがたいんですけど、俺もそこまでされたくないっていうか……だったらその剣、この国で保管していてくださいよ!」
「え?」
「だって俺がそれ持ってたら狙われちゃうんでしょ? なら俺が持ってるより、陛下をはじめとしたこの国の中で保管されている方がいいじゃないですか。そもそもこの国の遺跡の中から見つかったわけですし、俺は別に新しい剣を買ってルディアと一緒にのんびり旅に出ますから!」
そう言うルギーレに対して、ディレーディとヴァンイストは顔を見合わせる一方で。ルディアがルギーレに焦りを隠せない口調で耳打ちする。
「ちょ、ちょっと何考えてるのあなたは!?」
「だってしょーがねーだろ。こんな厄介なもんなら俺にはもう関係ねーってことにして、のんびり旅でもしてた方がいいぜ!」
その二人に対して向き直ったディレーディは、少し考えるそぶりを見せてから一言だけ告げた。
「とりあえず今は城の中で待機だ。結論が出たらまた連絡する」




