196.一生に一度のお願い
『でもさ、まだそっちにドラゴンのあの人がいるんだろ? だったらその人にワイバーンがどこに行ったか聞いてみりゃいいだろ』
「えっ……伝説のドラゴンたちは人間の歴史にはほとんど関わらないって言われてますけど、いけますかね?」
『さーな。とりあえず聞くだけ聞いてみろよ。もしかしたら教えてくれっかもしんねえぜ』
シェリスから今後の展開をどうするかについてそんなアドバイスをもらったのだが、イディリークの人間たちにはセルフォンの正体がドラゴンであることを話していない。
なのでそこを伏せて魔術通信を入れようと考えたジェディスだったが、なんとそのセルフォンに通信が繋がってくれない。
「あれ、おかしいな、応答がないぞ?」
「本当か?」
「ああ。呼び出ししている音が鳴るだけで出てくれないな。もしかしたら忙しいのかもしれない」
「そうか……なら仕方ないですね」
ひとまずはルギーレの回復を最優先に考えるべきだと考える一行だが、確かにその時セルフォンは忙しかった。
だが、彼は自分に与えられた仕事である負傷者の救助や手当てなどではなく、別の人物を救助に向かっていたのである。
【一生に一度のお願いか。まあ、あそこに救助に行けるのは現時点では某だけだからな】
心の中でそう思いながら、セルフォンはアクティルを南へと飛び出して一つの場所を目指していた。
南の海を越えればそのままヴィルトディンの北に出るのだが、実はその海の上には一つの島が浮いているのだ。
人間たちの間では「霧に囲まれた島」と噂される場所であり、その霧自体が強力な魔術防壁となっているため、島には周囲のどこからもアプローチできないようになってしまっている。
だが、あのニルスとこのドラゴンたちだけは別だ。
【まさか、あの島の中からルディアの気配を感じられるとはな】
その島の中にどうやって入ったのかといえば、十中八九ニルスが彼女をそこに連れて行ったとしか考えられない。
そもそもが各国の騎士団でも近づけないような島なのに、島の周囲には強力な海の魔物も出現するので漁師たちも気味悪がってしまい、船に被害を出さないために近づかないようにしている。
【まあ、確かにあの島であればルギーレたちに追いかけられる心配はなくなるからいいだろうが、島の中には「あいつ」がいるんだよな】
その「あいつ」にさえ気を付ければ、ルディアを救い出すことなどセルフォンにとっては造作もない話である。
そもそも今よりもずっと昔の話になるが、この島にはセルフォンも出入りしていた時期があった。
他のドラゴンたちとともに島と大陸を行き来しては、お互いに交流をしていた。
だが、それも突然この深い霧が魔術防壁の代わりとして島を覆ってしまってからは一切の交流が途絶えてしまい、島の中と外ではそれぞれ別の弁化や技術が発展した、いわゆる「異世界」とでも呼べるような状況になってしまった。
それを知っているのは伝説の七匹のドラゴンだけだが、突然この世界に現れたニルスはおそらく島の中で生まれ育った人間なのだろう。
【将軍たちや勇者たちをあっけなく倒してしまうほどの武の腕を持ち、さらには見たこともない様な魔術を使い、どこからやってきたのかもわからないその存在となれば、考えられる答えは一つだ】
そう、やっぱりニルスは島の中からやってきたとしか思えない。
だがどうしてあの男は島の外に出てきたのだろうか?
それすらもわからないまま、セルフォンは風を自分でまとって最大限までスピードをアップし、魔術防壁に向かって突っ込んでいく。
本来であればその巨体は魔術防壁で防がれてしまい、無様なシルエットのまま海に落下して凶暴な魔物たちのエサになってしまうのがオチだ。
だが、緑のドラゴンが開発した魔術を無効化する薬を服用している今ならそれも意味をなさないただの霧になってしまうので、一気に突っ切って内部への突入に成功したセルフォンは、この霧の内側から魔術通信をしてきた女を捜す。
【ええと……あ、いた!】
自分に向かって大きく手を振るルディアの姿が見えたので、そこまで一気に急降下して彼女を背中に乗せ、急いで元のルートで再び霧を突っ切る。
これこそが、彼女がセルフォンに頼んだ「一生に一度のお願い」であった。
そしてその霧を突っ切るときに、セルフォンはちらりと島の内部に向かって振り向いてみる。
【まだ……眠っているみたいだな】
だったら脱出するのはもう邪魔されないで済む。
そう安堵しながら霧を突っ切り終えて再び島の外へと戻ったセルフォンは、イディリークに帰還するべく進路を北に向けて翼を動かして行った。
第五部 完




