192.豹変したルギーレ
「女の顔に傷をつけたんだから、責任はちゃんと取ってもらうわよ!!」
「ぐあ、あがっ!!」
これまで以上の猛攻を仕掛けてくるベティーナに、レイグラードの加護があっても対応しきれないルギーレはなすすべなくその攻撃を受け続けてしまう。
弾けばすぐに追ってきて、それでいて的確にダメージを与えられる場所に槍を突き込んでくる。
これまでの戦いの経験から、黄色いコートの下には分厚い鎧を着込むようになったルギーレだったが、それがあってもいつ殺されてしまうかわからない状態だ。
(くそっ、俺はこんなところで……!!)
死んでたまるか。
そう思うルギーレに向かって、無情にもベティーナの槍の先端が迫る。
「ふふふ、やっぱり役立たずは伝説の武器を持っても役立たずのままなのね。大人しくここでくたばっちゃいなさいよ!!」
「あっ……」
しかもそこで運悪く、地面から突き出している岩の出っ張りの踵を引っ掛けてしまい尻餅をつく体勢で倒れ込むルギーレ。
その大きな隙をチャンスとして見逃すわけがなかったベティーナは、彼の心臓めがけて勢いをつけた高速突きを繰り出した。
こんなところで、こんな女に殺されて終わりか……。
しかしルギーレがそう思ったその時、レイグラードの柄が突然カッと眩い光を放った。
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
その光の刺激に驚いたルギーレの胸に迫っていた、ベティーナの槍の軌道がそれて彼の右頬を掠めるだけにとどまったのは、本当に不幸中の幸いだったと言える。
だが、何が起きたのか両者ともわからないまま軽いパニック状態を引き起こし、先に我に返ったのはベティーナだった。
(くっ……いったい何が起こったの!?)
驚きつつもすぐに体勢を立て直して、オリンディクスを構え直したベティーナだったが、今度は彼女がその視界に信じられない光景を捉えることとなった。
それは、先ほどとは明らかに雰囲気の違うルギーレの姿。
レイグラードを使い始めていた時から出ていた紫色のオーラが、今まで戦っていた時よりも大きくなっているのだ。
さらに彼の表情も、今までの絶望に満ちたものとは違ってニヤニヤと不敵な笑みを浮かべている。
そんな彼が口を開いてみれば、口調が今まで以上に荒っぽいものになっていた。
「は……こんなクソ女に俺が手こずっていたなんてバカみてえな話だぜ」
「な、何ですって!?」
「そういきがんなよ、この威勢だけ女。お前なんかこれから十秒でノックアウトしてやんぜ。せーぜーその後ろで縛った長い金色の髪の毛が乱れねえように気をつけるこったなぁ!?」
「……あんた、誰なのよ!?」
何なんだ、この変貌ぶりは。
まさか助かったからといって調子に乗って、こっちを挑発しているのではないか?
いや、きっとそうに違いない。
だったらその虚勢をすぐに絶望に戻してやる、とオリンディクスを構え直したベティーナは、再び得意の高速突きを繰り出すべくルギーレに向かっていく。
その元仲間を見て、ルギーレは肩をすくめるほどの余裕があった。
「やれやれ……ザコが突っ込んでくるなんて、エサが飛び込んで来んのとおんなじだぜぇ!!」
「ぐええっ!?」
高速突きをかわすどころか、その突きのスピードのお株を奪うようなスピードで飛び込んできたルギーレは、オリンディクスの軌道をレイグラードで弾いて変えつつ、彼女の腹に柄の一撃を叩き込む。
間髪入れずに両腕をベティーナの首に巻きつけながら自分も横に回転し、遠心力を使って岩壁に投げ飛ばす。
無様な体勢で岩壁にぶつかったベティーナは、手からオリンディクスを取り落としてしまった。
「げは、ぐふっ……バカな、こんなことがあってたまるかっ……」
「バカじゃねえ。お前なんか十秒で倒せるっつっただろーがよっ!!」
「ぐっ!?」
容赦のないルギーレの蹴りがベティーナの顔面を捉える。
鼻血が噴き出すのが見なくても感覚でわかるベティーナは、何がどうなってルギーレがここまで豹変して強くなったのか、全く理解が及ばなかった。
理解できるのは、ついさっきまで自分が格下に見ていたはずのこの役立たずに、今まさに負けそうになっている事実である。
それでもまだチャンスはあるはずだ。
ルギーレの隙を突いて懐のナイフを突き立てたっていいし、背負っている弓で射抜いたって構わない。
そう思っていたはずなのに、ルギーレはそうさせてくれなかった。
「立てオラァ、クソ女ぁ、誰が役立たずだってぇ!?」
後ろで縛っている髪の毛をグイッと掴み上げられ、強引に立たされてしまうベティーナだが、先ほど顔を蹴られた時に口の中も切れてしまった。
その血の混じった唾液を、プッとルギーレの顔面に吹きかけて目潰しをする。
「ぐあ!?」
「ふん!」
「ぐっほ!?」
目潰しをされて怯んだルギーレは、続けて繰り出されたベティーナの蹴りを腹に受けてよろめいてしまう。
その隙にオリンディクスを回収したベティーナは、今度こそルギーレを仕留めるべく彼が体勢を立て直す前に動き出す。
これで終わりよ、と心の中で叫びつつ繰り出された高速突きは、突っ込んだその姿勢が途中で不自然に止められたことで失敗した。




