190.ゲームのゴール
「ふふふ、久しぶりねルギーレ」
「そうだな……俺を散々ここまで振り回しておいて、きっちりそれを俺はこなしたんだから、ちゃんとルディアを返してもらえるんだろうな……ベティーナ?」
洞窟の中に進んだルギーレを待ち受けていたのは、なんと勇者パーティーのサブリーダーであるベティーナただ一人だった。
他のメンバーの姿は見当たらず、気配もしない。
だがそれと同時に、交換条件であるルディアの気配もまるでしないのである。
そんな「元」仲間に対して殺気をみなぎらせるルギーレだが、ベティーナは意にも介さずにやにやといやらしい笑みを浮かべてとんでもないことを言い出した。
「ふふふ、それはどうかしらね?」
「何?」
「確かに私の出す条件をすべてクリアしたら、あのルディアと交換するとは言ったわ。でもまだ私の条件は終わっていないのよ」
「何だと?」
「まあ、まずはそのバッグを地面に置きなさい。もう爆弾は解除してあるから、手を放しても大丈夫よ」
「……本当だろうな?」
まさかここにきて、二人まとめて一緒にぶっ飛ぶつもりじゃねえだろうなと疑うルギーレだが、そんな気はベティーナにはさらさらないらしい。
「レイグラードさえ手に入ればこっちはあなたがどうなろうが関係ないんだとも言ったわよね。でも、本物のレイグラードを手に入れないと私は上から殺されちゃうかもしれないのよ。だからこんなところであなたと心中する気なんかないわよ」
「……」
その言葉を信じて爆弾入りのバッグから手を放してみれば、確かに何も起こらないで終わってくれた。
しかし、話はここからが本題なのだ。
「よし、爆弾は解除されたな。……それで、俺がこのレイグラードを渡せばいいのか?」
「そうよ。でも、まだ条件はすべて終わっていないって先行ったわ。その条件が達成されて初めて、私はそのレイグラードを持って帰ることができるの」
「だからその条件は何なんだ?」
「ふふふ、それはね……」
その瞬間、後ろ手に組んでいたベティーナの手の中で何かが煌めいた。
咄嗟に上体をそらしたのが功を奏し、飛んできたナイフをギリギリで回避することができたルギーレだが、その隙を突かれてベティーナに前蹴りで吹っ飛ばされてしまった。
「ぐっ!?」
「あなたを私が殺すこと。つまり、あなたがここで死ぬこと。それが私からの最終条件なのよ」
「て、てめぇ……騙しやがったな!?」
「あーら、騙してなんかいないわよぉ。私を信じてここまでやってきてくれたんだから、最後まで私を信じて殺されてくれなきゃ、ルディアちゃんは返さないわよ」
どのみち、自分はここで殺されてしまう運命らしい。
しかし、その運命を捻じ曲げることができるのであれば曲げて別の未来を切り開いてやる。
そう考えるルギーレは、ベティーナに対してまだ奪われていないレイグラードを引き抜いた。
「だったら交渉決裂だぜ。レイグラードを渡しちまったら、ルディアだってどのみち殺すんだろ!!」
「ふふふ、それはどうかしらね?」
「どうかしらねどうかしらねって何度もうるせえんだよ、このマリユスの腰巾着女!」
「なんとでも言いなさい。その生意気な口を二度ときけなくしてあげるから……このオリンディクスの槍でね!!」
ブオンと豪快に振り回されるその槍からは、あのヴィルトディンの地下で対峙したマリユスの魔斧ドライデンと同じく、どす黒いオーラが漂っている。
これもそのドライデンと一緒に、ニルスが開発したと思われる武器の一つなのだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。
しっかりとここでこの女を倒し、ルディアを奪還しなければここまであんな無茶苦茶な指示に従い続けた意味がなくなってしまう。
「ふっ!」
勇者パーティーの中でも一番の槍の名手として名を馳せていたベティーナは、マリユスと肩を並べるほどの実力の持ち主である。
だが、やはり経験の差なのかセンスの差なのかマリユスの方が一枚上手として紹介される場面が多く、そこを悔しがっていたのもルギーレは知っている。
夜な夜な槍の稽古にいそしみ、少しでもマリユスとの差を埋めようと頑張っていたのだってたまに見かけたことがある。
そんな努力家の一面もあるはずの彼女は、今はただの爆弾魔あり誘拐犯であり反逆者でしかない。
「くっ!」
「ふぅん、パーティーにいた時よりかは成長しているみたいね」
「そりゃそうだよ。お前らに追放されてから俺だって腕上げてんだよ!」
「へー、そうなの。だったらその上げた腕前を存分に見せてもらいましょうかねえ!!」
突き出される槍の軌道を見切り、レイグラードで反撃。
しかし彼女も素早い動きでなかなか間合いに入れさせてくれない、一進一退の攻防が続く。
お互いに負けられないこの一戦だが、ルギーレは彼女とこうして真剣に戦うのは初めてであった。




