184.交換条件
その通信の向こうでは、ロープで縛られた上に魔術を無効化する特殊な薬品を注射されて脱出もできない状態のルディアが、木製の椅子に座らされて猿轡を嚙まされてうーうーわめいている。
「うー!! うううー!!」
「おい、うるさいから静かにしろ!」
「うぐ!!」
その傍らではバーサークグラップルの幹部の一人である、ルディアが久々に顔を合わせた「炎の悪魔」ことヴァレル・ジュノリーの姿があった。
わめいている彼女をうっとうしく思い、右の拳を握って彼女の側頭部を殴りつけた。
そのヴァレルの行動を見て、一緒の部屋にいるベティーナがある事を思いつく。
「ねえ、せっかくだから声を聞かせてあげましょうよ。向こうのお相手は大パニックみたいだし?」
「……まぁ、あんたがそういうならいいけどさ」
ベティーナにそう言われたヴァレルは、縛り付けている椅子ごと彼女を持ち上げる筋力を発揮しつつ、その魔晶石の向こうで応答しているルギーレに声が届くように猿轡をずらしてやった。
というか、魔晶石を近づければよかったんじゃないのかと思いつつも応答できるようにしてやったヴァレルだが、初っ端からルディアがとんでもないことを言いそうになったので慌てて口をふさいだ。
「ルギーレ!」
『ルディアか!? 今どこにいるんだ!?』
「雨が降ってむぐぐぐぐっ!?」
「おーっと、はいそこまでそこまで!」
『雨!? 雨が降って……』
ルギーレもルギーレでうるさいので、ベティーナは彼の声を遮って話を続ける。
「いい? 一度しか言わないからメモ取るなりなんなりしなさいよね」
『おい、ルディアに何かしやがったらただじゃおかねえぞ!!』
「そっちにある本物のレイグラードを持ってくること。必ず一人で指定の場所へ来ること。一人で来たことを確認したら魔晶石に連絡を入れるからそこから先はこっちの指示に従うこと。まずは明日の昼までに、アクティルから西の方にあるシューヨガの町の中にある大きな木製の蝶ネクタイのモニュメントの前までに来ること。昼を告げる鐘が鳴るからそれまでに来なかったらルディアは殺すわ。じゃあね」
『おいっ、お……!!』
ルギーレからの返答を聞くこともなく、一方的に通信を終了させたベティーナはつかつかとルディアの方へと歩き、彼女の頬に全力の平手打ちをかます。
パァン!! と何かが破裂したかのような音が、狭い部屋の中に響き渡る。
「ぐっ!!」
「いけないわねえ、余計なことをしゃべる悪い子にはお仕置きよねえ?」
「ぐー!?」
ベティーナはそう言うと、部屋の中で燃え盛っている暖炉の火に、暖炉のそばにある火かき棒を少しだけ突っ込んで熱する。
その赤熱した火かき棒を引き抜いて温度を確かめ、ルディアの腹に服の上から押しあてる。
「むぐうううううううううっ!?」
「うふふ、いい匂い」
服と肉が焼ける音が響き渡り、焦げ臭さが充満するがそれを気にするそぶりもなく、ベティーナはいやらしい笑みを浮かべながらぎゅーぎゅーと棒を押し付ける。
「よし、こんなものかしら……あらら、かわいいお腹になっちゃって」
「うぐぅぅう、ふー……ふー……!!」
「あらぁ、何その目は? まだやってほしいのかしら?」
再度ベティーナは暖炉の中に棒を入れようとするが、それはヴァレルが止める。
「おいおい、あんまり傷物にしたらルギーレの野郎がブチ切れるぜ?」
「それならそれでいいわ。こっちには偽物のレイグラードがあるんだから、それをちゃんとニルスさんに強化してもらうのよ。それであなたが頑張るの」
「俺かぁ……できるかなあ?」
偽物とはいえ、ロングソードの扱いにはとりあえず慣れているヴァレル。
もっと得意なのは二刀流なのだが、一刀流でも戦えないことはない。
しかし、そこで部屋の外からコンコンとノックがされる。
「どうした? 変な臭いと叫び声が聞こえたが」
「あら、トークスじゃない」
「なんだお前たち、また捕虜を拷問してたのか?」
「そうなのよ。でもあんまりいたぶれないのがつまんないわよねぇ」
ドアを開けて入ってきたのは、今の騒ぎを聞きつけてやってきた「死神」ことトークスであった。
彼もまた、ルディアを誘拐するのに協力した一人である。
「それはわかるが、交渉自体はうまくいったのか?」
「そのつもり。でも、向こうは向こうで絶対にバックアップを用意してくるだろうからその辺りの監視をしなきゃ」
「そうか。で……奴を殺すための偽物のレイグラードは誰が使うんだ?」
「俺だよ。なー、トークス代わってくれよぉ!! 俺よりもお前の方がロングソード使い慣れてんだろ?」
相棒でもあるヴァレルに懇願され、トークスは戸惑う。
しかし結局その勢いに押されてしまい、偽物のレイグラードはトークスが引き取って振るわれることとなった。
あとはルギーレとの交渉がうまくいき、本物のレイグラードを手に入れるだけである……。




