176.戻ってきた魔術
『……それで、何かその後の手掛かりはつかめたのか?』
「いいえ、それがまだ何も……ひとまずこちらは現地の傭兵ギルドや騎士団の人たちから話を聞く形で、情報収集を進めていきます」
『わかった。それだったらまた新しい情報が手に入ったら報告を頼むぞ』
そのやり取りを終えたルディアは、石の向こうのセヴィストとの通信を終了する。
エスヴェテレスのディレーディが通信に出られないときは、自動的に他の三か国の誰かに魔晶石の通信が転送されるようになっているのだ。
それが今回はファルスのセヴィストだったのだが、そのファルスから空を飛んで一気にあの男がこのイディリーク帝国の帝都アクティルまでやってきていた。
「何だって?」
「あ、とりあえずまだ情報が集まり切っていないのでこっちがまた新しい情報を手に入れたら報告するってことになりました」
「そうか。それでその、そなたたちは何を見つけたって?」
「これです」
ファルスの帝都ミクトランザからはるばるやってきたのは、現在は灰色で統一しているファッションの人間の姿をしている、このヘルヴァナールを守っているドラゴンの一匹セルフォンである。
そもそも彼は医師なので、人間も魔物も治そうと思えば治せるのだが、今回はなにぶんその被害の数が多いのでこれは伝説のドラゴンの一匹としても黙っていられない事態らしい。
「そうか、これが話にあった妨害魔力を発していると思われる兵器か」
「ええ。この赤いボタンを押したら魔術が急に使えるようになりまして。ですからこれを使って魔術を使えないようにして、その間に城の中に入った可能性が高いですね」
ようやく魔術が使えるようになったこのアクティルの人間たちを見渡し、ルディアは安堵の表情を浮かべる。
その横では、ロサヴェンとジェディスがルギーレとティラストに状況を説明しているところだった。
「そんなものを作っていたなんて……あいつらの技術力はどんだけなんだよ?」
「かなり高度な技術力を持っていることは間違いないでしょう。しかし、この国の皇帝がご無事だったことはこちらにとってはまさに不幸中の幸いといいますか、立て直すチャンスはまだあるってことですよ」
ティラストが言うように、国のトップが突然失われるということはそれだけ国が混乱することにつながる。
次のトップになる後継者が決まっていれば穏便に済ませられるが、そうでなかった場合はまさに泥沼だ。
内乱が起きて国そのものが滅亡してしまう可能性も高くなるので、おそらくニルスたちはそれを狙ってこのイディリークの皇帝の命を狙ったのだろう。
実際にはレイグラードの場所がわからず、騎士団長がベルタ相手に粘ってくれたおかげで皇帝をうまく逃がして最悪の事態を回避することができたのだが、それでも失ったものはかなり大きく、レイグラードを取り戻す前に町の復興が先であろう。
「騎士団もその下に位置している兵士部隊もなかなか動けていないみたいですし、今は北の方からラーフィティア王国の騎士団が救援に向かっているとの話ですが、それもまだ時間がかかるとのことです」
「え? ラーフィティア?」
その国って誰もいないんじゃなかったっけ? とルギーレは首をかしげる。
もともとそのラーフィティアという、このイディリークの北に位置している国「だった」ところは現在廃墟になった城や王都があるだけだったはずだ。
少なくとも、勇者パーティーの一員だったころにそこを訪れた時には、生き残っている村や町で活動をしている人間たちがいるぐらいで国王も騎士団もいなかったのが記憶に残っているルギーレ。
そんな昔の記憶で時が止まっている彼に、ロサヴェンが今までの経緯を説明する。
「それは前のラーフィティアだな。もしかして、イディリークに来たのはずっと前か?」
「そうです。ラーフィティアから南下してイディリークに来たんですよ」
「なるほどな。となるとその後になるか。……このイディリークでは、それこそ内乱が起こったんだよ」
「え?」
先ほど皇帝がいなくなったら云々の話が出ていたが、まさにその争いが今回の事件以前にあったらしい。
内乱というよりも、もっと的確な表現をすれば「反乱」になる。
その時の騎士団長は現在の騎士団長と違い、三つの武器を同時に使いこなすことで有名なカルヴァルという男だった。
そのカルヴァルは本来の皇帝であるリュシュターの平和主義をよく思っておらず、自分が皇帝になって国を発展させることを野望として胸に秘めていた。
「だが、その時の近衛騎士団長や兵士部隊の隊長たちによってその計画はすべて潰えた。そして今、カルヴァルという男はそのラーフィティアの国王になったんだ」
「え……え?」
「意味がわからないか。まぁ、俺も最初はお前と同じく意味がわからなかった。この国の皇帝は良くも悪くもお人好しでな。自分を殺そうとしてきたその騎士団長を見逃して、ラーフィティアで国王になりなさいと追放したんだ」




