168.胸騒ぎの正体
そしてそのルディアの不安は、胸騒ぎの正体として見事に的中してしまっていた。
それはまだ、彼女を含めた五人全員が列車に乗って南へと向かっている間からすでに始まっていたのである。
「さてと、やりますかぁ~」
「ええ」
相変わらずのんびりとした口調のライラの隣で、リュドが一度うなずいてからさっと左手を軽く上げて合図を出す。
するとその後ろに控えている多数の武装した男女の人間たちが、左手を上げたままの彼女の左右を通り抜け、次から次へと山の上からふもとに向かって一直線のルートで下りていく。
その先に見えるものは、灰色の地味な印象を受ける壁の色が特徴的な大きな城を中心とした、広い城下町だったのだ。
いったい何人いるのかわからないほどのその武装した人間たちは、誰もかれもがその目に光を宿していない、まるで人形のような存在ばかりだった。
それを手の動き一つで動かせるほどにすっかり手なずけているリュドやライラなどは、すでに勇者などではなかった。
「大型兵器はまた別の場所で改良を重ねることにしたからそれはいいけどさ、こっちの研究と開発ももっと進めないとねぇ~」
「うん。ファルス帝国は私たちのせいで中途半端になっちゃったけど、仲間になった以上はちゃんとその開発に協力しないと」
口数が少ないながらも、きちんと指示は出すリュドが左右から自分たちの横を通って進軍していく兵士たち……強化人間たちの背中を見据えながらそう言った。
「でもさぁ、まだ開発途中だからやられる可能性もあるのよねぇ~」
「その時はその時よ。きちんと退却ルートだって考えてあるんだから。……それに私が開発の手伝いをしたこの強化人間たちが、そうそう簡単に負けるはずがないのよ」
心配そうに様子を見つめるライラとは相性的に、静かな口調ながらも自信が感じられるリュド。
リュドは唯一、勇者パーティーの中ではBランクの冒険者だが、彼女は元々情報屋を生業としていた。
世界中の事情に詳しいので。勇者パーティーの世界案内役としてパーティーメンバーに抜擢された。
また、彼女の両親が共に魔術師であるが故にパーティーメンバーの中で最も魔術に秀でており、魔術を必要とする場面では主に彼女が活躍している。
ファルスで自分たちが最初に壊してしまった強化人間たちを、責任を感じた彼女が改良してさらに強化したバージョンを製造して送り出す。
その自信にあふれた表情と、情報屋時代のツテがこのイディリークにもあることでこの国では彼女を中心とした作戦が練られていた。
「それは私も思ってるけどぉ~、今回この国に来たのは開発の成果を試すためだけじゃないでしょ~? 情報屋の彼は何て言っているのぉ?」
「ああ、それだったらまだ調査中。この国にあるっていうもう一本のレイグラードのありかなんだけど、やっぱり国が管理しているせいもあってなかなかありかがわからないみたいなのよ」
「そうなんだぁ~……でも、二本とも手に入ったらまずは私がちょっと使ってみたいなぁ~!」
目を輝かせるライラはリュドと違って魔術は余り使えないものの、ロングソードとショートソードの二刀流で数々の戦いを制して来た。
それは一人で冒険者をしていた時も、勇者パーティーに入ってからも変わらない。
また、各業界に知り合いが数多く居るのでその知り合い達しか知らない様な情報も持っていることもあり、それが勇者パーティーメンバーに選ばれた理由の一つでもある。
情報屋だったリュドとはその手に入れた情報を共有することもあってか、パーティーメンバーの中ではこうしてコンビを組んで行動することが比較的多いのだ。
そんな二人が見守っている視線の先では、人々の悲鳴が風に乗ってかすかに聞こえてきている。
突然現れた多数の人間たちが、それこそいきなり城下町を縦横無尽に襲い始めたのだから人々がパニックになるのは当然である。
「始まったわね」
「そうねぇ~。あとはマリユスとベティーナがちゃんとやってくれる手はずだし、ウィタカーたちバーサークグラップルも動いてくれるから、私たちはここで退避ルートの確保をしておかなきゃね」
「ええ。ベルタもベルタでレイグラードのありかがわかり次第、それを取りに行く担当にしたんだからちゃんと働いてもらわないと」
しかし、そのレイグラードのありかがわからないままの状態では強化人間のテストで終わってしまいそうだ。
最終的な目標としては皇帝リュシュターの殺害なのだが、帝国が擁している騎士団は実は余り強くないという噂である。
それもこれも少し前にこの国でクーデターが起こったのだが、将軍のカルヴァル・サルザードが謀反を起こしてそれこそ皇帝を殺害しようとし、すんでのところで現在の騎士団に止められてしまった歴史がある。
だから騎士団も完全に立ち直っていないという情報を手に入れたリュドとライラは、強化人間の実験場としては最高だとニルスに進言して、こうして帝都のアクティルを襲い始めたのだった。




