167.灰竜の別荘と違和感
「こ、ここ……?」
「いやちょっと待ってくれ。ここって別荘っていうよりどう見ても……」
「ああ、洞窟だな」
イディリークに上手く入国した五人の目の前には、開けた平原から続いている洞窟があった。
違う場所を教えられたのではないかと唖然とする五人だが、一応連絡してみたセルフォンからの話では確かにここで合っているので問題ないとのことだった。
このままここでボーッと突っ立っていても仕方がないので、誤認はその洞窟の中に入って夜を明かすことにした。
「ふいー、列車を降りてからずっとここまで馬で移動し続けてきたから、尻が痛くて仕方ないな」
「でも、無事に入れてよかったじゃないですか」
ロサヴェンとルギーレがそう会話を交わす中で、ジェディスはヴィルトディンから持ってきた荷物を確認していた。
「ええと……これもよし、あれもよし……ああ、あとは薬が少し足りないからどこかの町で買うとしよう」
「ディレーディ陛下たちに連絡はしました?」
「いや、まだしてないよ。済まないけど俺は荷物の確認するから頼んでもいいかな?」
「わかりました」
ジェディスから頼まれたティラストが魔晶石で、うまくその別荘にたどり着いたと報告を入れておく。
やはりあの医者の元の姿はドラゴンだというだけあってか、入り口からして天井も高く奥行きもしっかりある。
それに、人間としての生活とドラゴンとしての生活はやはり別物らしいというのがわかる光景もあった。
「あら、こっちには食べ散らかした動物の残骸よ」
「こっちには岩で爪を研いだ跡が残ってるよ」
「やっぱりなんだかんだ言ってもドラゴンなんだなあ……」
ルディアとルギーレとロサヴェンは洞窟内部を見て回る。
といってもあの宝玉をゲットした洞窟遺跡のように複雑な構造になっていたり、何かしらの仕掛けがあるわけではなく、入り口から出口まで一本道で三十秒も歩けば最奥の簡単な造りである。
別荘だからと言って特別なものがあるわけではなく、単純にドラゴンの姿で寝るだけの場所らしい。
「そういや、セルフォンさん言ってましたよ。たまにドラゴンの姿に戻らないと気持ちがムズムズするから、一週間に一度くらいはこっちに戻ってきているんですって」
「そうなんだ。やっぱり自然が恋しくなるのかな?」
「さぁ、そこまでは聞いてないですけど……ん? 自然?」
ロサヴェンからの質問に答えたルディアが、自然という単語に引っかかって顔を上げる。
「自然……いや、不自然……?」
「何が?」
「いやあの、この国に上手く入れたのはいいんですけど、それこそ何だか上手くいきすぎてませんか?」
「どういうこと?」
「シェリス陛下が教えてくださったルートを通ってきたのはいいんですけど、こっちの国に入るのって通行証を見せなければならないし、すんなり行き過ぎている気がするんですよねえ」
そう、この国に入るときには必ず検問を通らなければならない。
そこをすんなり通れたことが、今になって不自然なこととしてルディアの気持ちを揺さぶるが、そこは国は違えど騎士団の人間としてジェディスが納得する。
「ああ、そりゃ多分あれだよ。中央と地方の違いだろ」
「地域の差ってことですか?」
「そうそう。中央に行くにつれてそれこそ俺のヴィルトディンのクリストールみたいに、人が多くなって変なのもいっぱい入ってくるから警備とかも厳しくしなきゃならないんだよ」
王宮騎士団員として国に使える立場のジェディスは、自分の国の中央と地方の警備体制の違いを例に出して答える。
「でも、地方ってどこの国もそうだと思うけど人が少ないわけだろ? 俺はイディリークにも騎士団員として、それから個人としても何回か来たことあるけど、この辺りは特に人が少ない地域だからいろいろとゆるゆるなのよ」
「そうなんですね」
入国のために通った田舎の検問所のように、ガチガチに固い人間が極端に少ない場所ではそれこそ誰も気にしない。
それも見越してシェリスはこのルートを提案してくれたらしいので、そこは彼に感謝である。
しかし、ルディアの不安はそれだけではなかった。
「あのー……実はもう一つ相談しておきたいことがあるんです」
「何かな?」
「私ほら、また予知夢を見たって列車の中で皆さんに言いましたけど、何だか胸騒ぎがするんです」
「そうなの? 確か、どこかの町が炎に包まれるって夢だったっけ?」
「そうです、それです」
列車の中で寝ていたルディアは、どこかの広い街が炎の海に包まれて逃げ惑う人々で沢山の夢を見ていた。
だが、念のために四か国のトップたちに連絡を取ってみてもそのように街が燃やされたという情報は入っていないと言われた。
だとしたらイディリークの中のどこかか? と思うものの、この国に入る時に「どこかの街が燃えてませんか?」などと聞けるはずもなく今に至る。
予知夢は当たらないこともあるので、気にしすぎなんじゃないかとルギーレやジェディスに言われたルディアだが、彼女の不安は消えないままだった。




