158.誤算
「うぷっ!?」
完全な不意打ちに視界が奪われたニルスは、とっさに魔術防壁を張り直してどんな攻撃にも耐えられるように準備をする。
しかし、その後には信じられない展開が待っていた。
「えいっ!!」
「ぐはっ!?」
左の太ももに走る激痛。
何が起こったのかわからないニルスがやっとのことで目を開けてみれば、そこにはナイフを太ももに突き刺しているルディアの姿があった。
「ぐぐっ……!?」
「きゃああっ!!」
いったい何がどうなっているのか理解が追いつかないニルスだが、この城の中での戦いは今まで大した傷を負うこともなく勝ち続けてきただけあって、まさかの深手を負ってパニックである。
ここはひとまず退散した方がよさそうだと改めて思いなおした彼は、無事な方の右足でルディアを蹴り飛ばしてナイフを抜き取り、素早く回復魔術をかけて走り去る……つもりだったのだが。
「え!? 魔術が出ない…っ!?」
ニルスは自分の魔術が全く出てこないことに驚きを隠せない。
これは明らかにおかしい。さっきまではしっかり使えていたはずなのに、どうしていきなり魔術が使えなくなったのか?
その心当たりは一つしかなかった。
(さっきの液体か!!)
臭いのしない、そして口に入ったらなんだか生臭かったような苦かったような変な味がしたあの液体をかぶってから、こうして魔術が出なくなってしまった。
これは非常にまずい展開だ。
先ほど太ももに刺さったナイフを抜いてしまったため、ドクドクと血が流れてきている。刺さったままにしておけば栓になっていたのに。
仕方がないのでそばに倒れているブラヴァールがつけているマントを少し破って頂戴し、それでぐるぐると縛って圧迫して止血をする。
しかし、あくまで応急処置なので何処かで本格的に治療をしなければ持たないだろう。
(まさか魔術が使えなくなるなんて……これは完全に予想外だった!!)
この世界では魔術を中心とした生活をしている国も多いし、魔術が身近な存在である人間たちにとって生活と魔術は切っても切り離せない関係である。
その魔術が使えなくなるのは、場合によっては死を意味することにもなりかねない。
そう、今のように。
(城の中に戻って薬を取りに行くわけにもいかないし……)
これが自分の正体を明かす前だったら、悠々と治療薬を手に入れることができていたであろう。
しかし、国王のリルザを筆頭に自分で正体をバラしてしまうという迂闊で愚かな行為をしてしまった今の状況では、それも出来ずにさっさとここから脱出するしか道は残されていなかった。
「まさかこの私が傷を負ってしまうとはね……あなたのこと、覚えておきますよ」
「ま、待ちなさい……よ……!!」
傷を負いながらもなんとか逃げ始めたニルスを追いかけようとするルディアだったが、先ほどクラデルが駆けつけてくるまでの間にニルスにボロボロになるまでやられてしまったので、身体に力が入らない。
今の不意打ちだって、意識を失ったフリをして少しずつ回復魔術をかけながらそのチャンスを窺って、ようやく成功したのだから。
結局、そのまま彼の背中を見送ることしかできずにルディアはその場に倒れ込んでしまった。
(もうダメ……さっきの戦いで魔力もほとんど残っていないわ……)
その意識を失ってしまったルディアを尻目に、逃げたニルスはまだ正体がバレていないことを願って、もう一人の将軍であるエルガーに連絡を入れてみる。
だが、魔術を発動することだけを無効化するのがあの妙な液体の効果ではなかったらしい。
(くっ……これもダメか!!)
魔晶石に魔力を送り込むこともできないことが判明した以上、どうにかしてこの王都の外に逃げ出すしかない。
その途中、どこかで回復薬を手に入れることもしなければならない。
まったく余計な仕事を増やしてくれたもんだとニルスは考えながら、まずは城の敷地内から脱出して裏道に身を隠しつつ進んでいく。
(この液体の効果、いったいいつまで続くんだ?)
それがわからない以上、この先のニルスには常に不安がつきまとう。
もしかしたら十秒後に終わるかもしれないし、もしかしたら死ぬまで一生効果が続く可能性だってあるのだ。
魔術通信もできない、自慢の魔術も使えない。
先ほどみたいに魔術防壁を展開したはずなのにそれも無効化されてしまったら、この先の戦いでは不利になること間違いなしだ。
だが、どうやらまだ自分は運が残っていたらしい。
それを証明するように、路地の前方から見知った男が駆けてくるのが目に入った。




