143.不安と余裕
そのニルス・ベックマンは、コーニエル城の一室で新しい羽根ペンで黙々と執務に励んでいた。
(怪しい三人を捕まえたのは意外と早かったね。でも、まだ終わってないんだよね)
まだ、自分が感じていたあの不思議な魔力が王都の中から感じられる。
どこで何が行なわれているのかも大体わかるが、ここはあえて口出しをせずに黙っていようとニルスは決めて、流れに身を任せる。
(もしかすると、そのレイグラードが頑張っちゃうかもしれないけど……まあそれならそれでヴィルトディン王国が弱体化するだけだしねえ)
結局は勇者パーティーの連中も全て殺すのだから、邪魔になる者同士で潰し合ってくれることほど嬉しい出来事はない。
そんな喜びを感じているニルスの元に、コンコンとノックが聞こえてきた。
だが、その人物はニルスの返事を待たずにドアを開けて中に入ってきた。
「ニルス様っ、大変です!!」
「どうしたの?」
「地下の複合施設が襲われています!! 報告によれば、二人の剣士が我らを薙ぎ倒しながら進んでいると!!」
部屋に飛び込んできたのは、王宮騎士団の副団長を務めている金髪の弓使いジェディスだった。
しかし、ニルスはそんな彼の姿を見ても全く動揺を見せない。
「ふぅん……それで、今の戦況はどうなっているんだ?」
「こちらが作業に派遣している部隊は軒並み倒されています! また、バーサークグラップルの方々にも被害が多数及び、開発した大型兵器も次々に破壊されている模様です!」
「そうか、なるほどね。それでどうする? 王宮騎士団も派遣する?」
「そ、それは……」
たった二人相手に、なかなかその決断は難しい。
これが例えば大人数で攻めてきましたよとか言うのであれば即座に鎮圧に向かうのだが、相手は二人なのである。
そのジェディスの気の迷いを見抜いたニルスは、羽根ペンを動かす手は止めないままに口も動かし続ける。
「できないよねえ。あれだけの大人数がどんどんやられていってるんだもの。そりゃあ不安だよね」
「落ち着いている場合ですか!!」
「こんな時こそ落ち着かなきゃ。……何も、君たち騎士団の人間やバーサークの連中ばかりに頼るわけじゃないよ。いるじゃない、私の開発した武器を持ってあそこに向かった勇者様たちが」
そのニルスのセリフに、ジェディスは暗い気持ちが少しだけ晴れる。
しかし、報告によれば近衛騎士団長のクラデルも一緒に戦っているらしく、万が一負けるようなことがあれば王宮騎士団のエルガー団長も出なければならないだろうと考えるジェディス。
その悪い事態を回避してくれるかどうかは、今ニルスが言った「あの」武器を使う勇者様たちの活躍にかかっているのだ。
「確かにそれはそうですが、相手はたった二人であそこに乗り込んでいくような相手ですよ。そしてその相手になっている者たちがなぎ倒されている。これは只者ではないと思います」
「そうだね、確かに君の言う通り、たった二人だけであの地下施設すべてを制圧するぐらの勢いともなれば、こちらとしても何か手を打たなければならない」
でも、とニルスは自分の黒髪を少しかき上げつつ優雅にほほ笑む。
「ちょうどいいじゃないか。私の造ったあの兵器がどんな活躍をするのか見てみたいと思わないかい?」
「それは思います。ですが、それは戦場でやるべきです!」
「今は侵入者によってこちらの軍勢が次々と倒されている戦場だろう」
「……」
「だからこそなんだよ。あの兵器さえあれば勇者様たちでも負けないようになっているんだからさ」
そう言いつつ、ニルスは立ち上がってジェディスの目の前までやってきた。
「ジェディス・ケレイファン。君も副騎士団長ならわかるだろう、私の強さが」
「では、ニルス様がその二人の鎮圧に赴かれてはいかがですか? 俺があなたの立場だったらそうしますね」
「ふふ、なるほどね。それも悪くないだろう。でもこの私はまだ出る幕ではないよ。吉報を待とうではないか」
いざというときは自分が出てもいいけれど、まだその結果もわからないうちから戦場に赴くのは無駄足になってしまう。
それが彼の建前上の言い分であり、実際は「こんな奴らが止められない相手だったら、倒し甲斐があるからいっそのこと全員皆殺しにしてくれないかな~」と思っていた。
戦闘狂の一面も持つ彼は、自分の出る幕をひそかに楽しみにもしているが、もっと言ってしまえば自分の技術力を結集させたあの兵器が侵入者たちを倒してくれたら自分の有能さを証明できるんだよ、という自己顕示欲が強い一面もあるのだ。
「まあ、そこまで言うんだったら君はまず自分の部下たちが出動できるように準備を整えておいてよ。不利になっているって話が来たら、君たちを派遣するからさ。よし行け!」
「……はい、かしこまりました」
この人は何を考えているんだかさっぱりわからない、と首を傾げながら出ていくジェディスの背中を見て、ニルスは相も変わらず優雅にほほ笑んだままだった。




