138.第一級戦闘配備
殺さない程度に、と言われてもなかなか難しいのでルギーレはレイグラードを振るって衝撃波を主体にする戦法で勝負に出る。
一方で、そのルギーレが乗り込んできたという情報はこの地下施設全体に魔術通信を使ってどんどん広まっていく。
『侵入者あり、侵入者あり。総員、第一級戦闘配備! 民間人がいる場合は民間人の避難を優先せよ!』
「あら? この放送は……?」
「侵入者かぁ~、いったい誰なんだろうねぇ~?」
それはもちろん、この地下施設の隅にある隠し部屋で王国騎士団にも知られないように麻薬の製造の手配をしたり、生物兵器の更なる製造を進めていたりとすっかり黒ずくめの集団と打ち解けていた勇者パーティーの人間たちにも聞こえてきていた。
しかし、侵入者の人数や勢力がどんなものかわからない今は、すぐにでも迎え撃つことができるように身構えながら今までやっていた作業を続けるだけである。
リュドとライラがややのんきにそう反応する一方で、ベルタが自分の考えを述べ始めた。
「でも、この地下施設に乗り込んでくるってことは大体想像がつくわよ」
「へぇ~、例えばどんな侵入者~?」
「そりゃあ、この地下施設が邪魔になっていると思う人間とかだと思うわ。地下施設を壊したいと思っている人間とか、あるいは地下施設を占領したいと思っている人間とかじゃないかしら?」
「魔物というのは考えないの?」
「魔物はそもそもこの地下施設どころか、クリストール内部には入ってこないわよ。ドラゴンとかだったら大きすぎて入ってこられないし」
「それもそうね」
小型の魔物が入ってこようとしても、すぐに騎士団の人間たちが対応する。
だから魔物ではないと考えているベルタだが、その一方でライラがのんきな口調は崩さないまま不吉なことを言い出した。
「ん~、でもねぇ……なんだか嫌な予感がするんだよねぇ~?」
「どういうこと?」
「そういうことだよ~。だってわざわざ、このクリストールの二倍ぐらいの面積がある地下施設に侵入しようとするなんて、よっぽどの命知らずか考える頭を持っていないってことだと思うんだよねぇ~」
「確かに無謀よね。でも、大人数ってことも考えられるから相手の規模がわかるまではまだわからないわよ」
ライラの発言にリュドがそこまで答えた時、同じ部屋の別の箇所で作業を続けていたマリユスとベティーナのそばにある魔晶石が激しく光る。
魔晶石は送り込む魔力の量によって相手側の光り方も変わる。
普段の通信では最小限の魔力で済むのだが、激しく光るということはよっぽど緊急の呼び出しなのだろう。
それを手に取ったマリユスは、ライラのセリフが間違っていなかったことを魔晶石の連絡で知ることになる。
「どうした?」
『ゆ、勇者様か!? 助けてくれ!! こっちはもう持ち堪えられない!!』
「お、おい、いったい何が起こっているんだ?」
『あいつは……あいつは化け物だ!! とても俺たちでは太刀打ちできうわああああっ!?』
「ちょっ……おい、返事をしろ!! おい!!」
しかし、マリユスのその呼びかけに向こうの声が二度と答えることはなかった。
代わりに聞こえてくるのは、ドカン、ガシャンと物が破壊される音から始まって逃げ惑う男女の叫び声、それから怒号などありとあらゆる音が入り混じっている。
この状況から察するに、魔晶石の向こうでは大惨事になっているのだろうとすぐに結論が出た勇者パーティーは、やっている作業を中断して加勢しに向かわなければならなくなった。
「おい、その作業をいったんストップだ。ちょっと状況がやばくなってきたらしい」
「えっ、じゃあ私たちも出動?」
「そうよ。まったくこんな時に……誰なのかしら?」
あいつは化け物、と聞こえてきたことから、相手はおそらく一人か二人かと見当をつけるベティーナ。
だがその見当によって、まさかの相手が敵として浮かび上がってくる。
「まさか……あの役立たず!?」
「俺もそう考えていた。この地下施設にはかなりの人数を配置しているはずだ。王国騎士団も血塗れの狂戦士もな。それが壊滅状態に追い込まれているみたいだから、そんな芸当ができる存在といえば……」
聖剣レイグラードしか考えられない。
だが、どうしてあの役立たずがここにやってきたのだろうか?
いや、今はそんなことよりも役立たずのルギーレを始末する方が先だと決めたマリユスたちは、例の兵器を使用することを決める。
「あれを使うの?」
「ああ。あれを使うしかないだろう。そうじゃなきゃレイグラードには対抗できなさそうだからな」
そう言って、マリユスはそばの壁に立てかけておいたロングバトルアックスを手に取る。
それは今まで使っていた自分の武器を、バーサークグラップルに頼んで改造してもらった「魔斧」であった。




