134.近づく気配、わかる気配
「……ん!?」
「どうしました?」
「あ。いや……何者かの視線を感じましたもので」
「え?」
その視線を最初に感じたのはブラヴァールだった。
貴族出身のお坊っちゃんと見られがちな彼であるが、これでも帝国騎士団の団員なので普通の人間よりはこうした自分を見る視線に気づきやすい。
戦場ではそうした視線や殺気に気づくのが遅れれば、死を意味するシチュエーションだって十分にあり得るからだ。
「どんな視線だったの?」
「そうですね、私たちを怪しんでいるような……まとわりつくような嫌な感じの視線でしたね」
「それって……ちょっと危ないかもしれないわね」
ファルレナは、自分たちの動きがもしかしたらヴィルトディン軍に知られているのではないかと不安になってしまう。
こうした厳戒態勢であるがゆえに、先ほどからすれ違うのは武装した騎士団員たちや傭兵たちばかりであり、一般人の姿はほとんど見当たらない。
やはり開戦がすぐそこまで迫っていることもあって、一般人は身の危険を感じてなかなか外に出たがらないのだろう。
事実、立ち寄った雑貨屋で同じような話を聞くことができた。
「エスヴェテレスがこっちに攻め込んでくるってもっぱらの噂だから、ヴィルトディンには頑張ってもらいたいね。前々から隣の国は軍隊をいろいろ強化してるって言われてたから、とうとうそれをこっちで試しに来たって話だぜ」
「は、はあ……」
そのエスヴェテレスの人間が目の前にいるんです、とはとても言えずに苦笑いをこぼすことしかできないブラヴァール。
誰がエスヴェテレスの噂を流したのかを確かめるべく行動しているのだが、どこへ行っても出てくる答えは「騎士団の人間たちがそう言っていた」だけである。
「やっぱり騎士団に行ってみるしかないんですかね?」
「それはできないわよ。だって、ヴィルトディン軍に入り込むのはそれこそ至難の業よ。私だって見張りの兵士を気絶させて服を奪って、その上で潜入したんだから」
「へ、へぇ……」
おいおい、そんな荒っぽいやり方も使ったのかとルディアは冷や汗を流す。
しかし、これ以上この町の中で一般人相手に情報収集をしても得るものは少ないだろう。
先ほどブラヴァールが感じたという視線は気になるが、今度は騎士団とつながりがありそうな冒険者ギルドの職員たちに聞いてみることにした。
自分だって冒険者なんだからギルドにいたっておかしくはないとルディアは考えて、その職員たちに聞いてみたところ、新たな事実が判明した。
「ふむ、それでは情報を整理してみましょう。エスヴェテレスがヴィルトディンに攻め込もうと考えているのは騎士団からの話で、ギルドの人たちが言うには騎士団の中で開発されている兵器を狙っているから攻め込んで来ようとしているらしい……と」
「そうね。そして気になったのは、双璧の将軍と呼ばれている人たちがそれぞれの軍勢を動かせるようにすでに準備を整えているということですね」
双璧の将軍はブラヴァールとファルレナはもちろんのこと、ルディアも聞いたことがある。
このヴィルトディン王国が保有している王宮騎士団と近衛騎士団。
攻める方は主に王宮騎士団が動き、守りを固めるのは近衛騎士団だといわれているが、有事の際にはどちらも臨機応変に対応できるようになっている。
だが、ファルレナが手に入れた黒ずくめの連中の上にいるであろう謎の人物たちの話題がちっとも出てこないのが不気味である。
「冒険者ギルドの人間たちからだと、やっぱり情報が制限されてしまうんですかね?」
「そうかもしれないわね。黒ずくめの集団が動いているのは知られているけど、その上で指示を出している人間たちの情報は機密事項らしいから」
「黒ずくめの集団の誰かに接触するというわけにもいきませんしね」
ルディアが顔を知られてしまっている以上、それも案としては無理だ。
これ以上どこで情報を手に入れようかと悩んでいると、傭兵募集の張り紙を見てやってきたというひとりの傭兵から声をかけられた。
「あんたたちも傭兵か?」
「え? あ、はいそうです」
「そうか。今回の戦争に参加するつもりか?」
「うーん……まだ未定ですね」
いきなり戦争の話を振ってきて、なんだこいつは……と思わざるを得ない傭兵は茶髪で三十代ぐらいの男だった。
しかし、彼の姿に見覚えがあった人物がいる。
「あれ? もしかしてあなたはロサヴェンさんですか?」
「おっ、俺のことを知っているのか?」
「知っていますよ! だってほら、以前バーレンで戦っていたじゃないですか!」
なんと、ファルレナが彼のことを知っているらしい。
いったい彼は誰なのかとルディアが問えば、やや興奮気味にファルレナが説明を始める。
「この人は世界を股に掛ける傭兵のロサヴェンさんよ。以前、バーレンで戦っているのを見たことがあるの。今回はこのヴィルトディンに?」
「ああ、そうだよ。というか今の俺はこの王都に住んでるんだよ。あんたはバーレンから来たのか?」
「そうです!」
「そうか。列車が壊れて大変だっただろう?」
どうやら、この男からはいろいろと情報が聞けるかもしれない。
ファルレナはそう確信した。




