129.進められる数々の計画
「マリユス、こっちは準備できたわよ」
「ああ。リュドたちの方は?」
「大丈夫。さっき彼女ときちんと確認したから」
「よし、それならこちらは大丈夫だからウィタカーたちに報告してきてくれ。向こうの様子もついでに聞いてきてくれよ」
「わかったわ」
進められる開戦準備。
ヴィルトディンに傭兵集団として雇われたマリユスたちと黒ずくめの集団は、隣国のエスヴェテレスが弱っているこの時を狙って一気に攻め込んで堕としてしまうべく、着々と作業を進めてきた。
そしてようやく、その集大成として新開発された大型の魔物を改造した多数の魔術兵器を動かすのだ。
黒ずくめの集団の仲間に加わってから、その兵器開発に携わって操縦方法も訓練された。
また、無人で遠隔操作をして攻撃可能なワイバーンも配備したことだし、ヴィルトディンからは非常に期待されている。
だが、もちろんヴィルトディンだってタダでは済まさないつもりだ。なにせ、世界征服をするのであればこのヴィルトディンも邪魔になる存在だからだ。
(バカな奴らだ。戦争に勝って浮かれているヴィルトディンの連中が、裏切った俺たちに殺されるなんて思ってもみないだろうからな)
マリユスは心の中でほくそ笑む。
そして何よりも、世界征服をするのであれば避けて通れないのはあのルギーレが手に入れたという情報が駆け巡っている聖剣レイグラードの話だった。
あれがあの役立たずの手元にある限り、きっといつか自分たちの目の前に立ちはだかるであろう。
あんな奴が聖剣を振るって良いわけがない。あんな奴が聖剣の使い手に選ばれたなんて、俺たちは絶対に認めない。
だからこそ、バーレンの南にある遺跡にもう一つの宝玉があるという情報を聞きつけた自分達の仲間……槍使いのサブリーダーのジレディルが直々にそこに向かって、先に宝玉を手に入れようとしたのだが……。
「でも、まさかジレディルが瀕死の状態で帰ってきちゃうなんてね……はい、お茶」
「どうも。ベティーナはどう思ってる?」
ウィタカーたちに報告してきたついでに、カップに入ったお茶を持ってきたベティーナにそう聞いてみるマリユスだが、彼女は彼以上に深刻そうな表情をしている。
まさか宝玉を手に入れるのに失敗しただけにとどまらず、あのルギーレに完膚なきまでに叩きのめされた上に、川に流されていたのを漁村の村人に助け出されるという情けない報告を持ち帰ってきただけだった。
「骨折り損のくたびれもうけとはよく言ったものだけど、くたびれるだけじゃ済まなかったわね」
「ああ。あの宝玉を手に入れたルギーレには全く敵わなかったって言ってたし、ジレディルは俺たちが引くぐらいにかなり凹んでたよな」
「そうねえ。話しかけても目が虚ろで、気の毒でそれ以上声をかけられなかったもの」
それほどまでにそのショックは大きかった。
今まで築き上げてきた武人としてのプライドや技術を、役立たずの男として黒ずくめの集団の間でも噂になっていたルギーレに、いとも簡単にあっけなく撃破されてしまったのだから。
しかも今は全身に負った傷が癒えておらず、ヴァレルに漁村に迎えに来てもらってからうわ言のようにこう呟いていたという。
「炎の悪魔が言ってたわよ。今度対峙したらあいつを消し炭にするって言ってて、俺もさすがに引いたって」
「誰だってそう思うだろうよ。ジレディルは槍の技術だけで言えばリーダーのウィタカーを凌ぐほどの腕前を持ってるんだし」
「でも、それが現実になる時もそう遠くはないかもね」
そのベティーナの一言に、マリユスはハッとした顔をした後にニヤリと笑った。
「ああ……そうだな。レイグラードがいくら伝説の剣だからって、こっちの手にあるもう一つの宝玉がなければ本当の力は出ない。そして俺たちはその宝玉を解析して、凄いものを作り出せることに気がついたんだからな」
「ええ。まだこれから熟成が必要だけど、あれを使いこなせるようになったらレイグラードもきっと倒せるはずよ」
二人は顔を見合わせて笑い合う。
そう、現在開発中なのは大型の改造生物兵器だけではないのだ。
その魔術兵器だってあの列車襲撃において最終的にやられはしてしまったものの、実験としての評価は抜群だった。
そして改良を重ねた結果、耐久力と攻撃範囲が劇的にアップしたので造った本人も満足気味であった。
「最初はあの人のことを胡散臭いと思ったけど、今はもう頭を地面にこすりつけてひれ伏すぐらいに尊敬しているわ」
「俺だって同じ気持ちだよ。もし役立たずのあいつじゃなくてあの人が俺たちのパーティーメンバーだったら、きっと今頃はもっと別の人生を歩んでいたはずだぜ」
その開発した人物ともっと早くに出会えなかったのが心残りだが、今は自分たちがその人物の仲間になっているので、早くその開発結果をエスヴェテレス侵攻で実験したい気持ちでいっぱいの二人。
しかし、そんな自分たちのいる場所に少しずつ近づいている人間たちの気配を、当然ではあるが二人は知る由もなかったのである。




