128.やむを得ず
遠回しに「普通のやり方ではヴィルトディンには歯がたたない」と言われたロオンだが、ただの画家に軍事のことがわかるはずがない。
「そう言われましてもね。一応陛下に報告いたしますが、期待はしないでくださいね」
『あー、そう? それじゃそれでやってみてよ』
画家がこうしていろいろと報告しているのも、今のヴィルトディンのことを知っているからこそなのだが、彼の本当の姿を知らない人間たちからしてみれば「素人が口を出すな」となってしまうのは仕方がなかった。
ひとまずは彼を帰してルギーレにも再び軟禁状態になってもらい、シェリスに報告したロオン。
だが、知り合いからの風の噂だという割にはなんだか具体的であった。
「信用出来そうな、出来なさそうな情報ですね」
「そうだな。一応ここは密偵を出して探ってみようか?」
「その方が良さそうですね。エスヴェテレスの密偵からの報告もあることですが、私たちの国でも実際に見てみなければなんとも言えないですからね」
しかし、今現在のところ手の空いている人間といえば誰がいるだろうか?
それぞれがかなり忙しい上に、休暇中の騎士団員まで呼び戻さなければならないかもしれない。
頭の中で人員を選抜した結果、シェリスは一人の女を派遣することに決めた。
「……それで、結果はどうだったんだ?」
「はい、時々ご報告いたしました通りですが、そのエスヴェテレスの密偵が探った通りで間違いございません」
「そうか……となると、悔しいがこちらの軍勢では歯が立ちそうにないな」
シェリスは自分の執務室で、目の前に直立不動で向かい合いながら報告する青い髪の女を見据える。
彼女こそが今回、ヴィルトディンに派遣された斧隊の副隊長であるファルレナだった。
「この報告書の内容で間違いがなければ、確かに向こうと我々の軍勢の差は明らかでしょう。先に攻め込むにしても、地の利ではヴィルトディンに分があるでしょうし」
「うーん、やっぱそうなるかあ」
ロナの話を受けてシェリスは考える。
ファルレナが密偵をしてくれた結果、エスヴェテレスの密偵と同じ報告を持ってきた。
そしてあの謎の画家が言っていた内容とも一致するとなれば、やはりここはレイグラードに頼る以外の方法はなさそうだ。
「……というわけで、ロナ様とシェリス陛下からの伝言で、レイグラードを携帯してヴィルトディン王国に向かってくれとの話があったわ」
「結局そうなるんですか?」
「そうなるわね。本来であればロオン隊長とかカリフォン隊長とかが向かうべきなんだけど、列車の事件でなかなか時間が取れなくなってきているから、あなたたちに行ってもらうことにしたのよ」
それから私もついて行くから、とこのファルレナ・ローセエットに言われたルギーレとルディアは顔を見合わせる。
「いいんですか? あなただけで……」
「ええ。そもそも私が八日前からヴィルトディンに密偵に行っていたんだから、私が一番向こうの内部事情を知っているんだからね。その代わり、エスヴェテレスから指示を受けていた通り、私たちにも適宜報告してもらうから」
そう言って渡されたのは、十日前に没収されてしまった自分たちの魔晶石が入った袋だった。
それから、リアンとラシェンは報告のためにファルスに帰って行ったのだが今度はそれぞれの騎士団の仕事が忙しくなってしまったらしく、代わりに彼がファルスから派遣されてきた。
それからエスヴェテレスにも今までの話が伝わり、付き添いとしてこの男がやってきた。
「大まかに話は聞かせてもらった。今度はファルスの方から俺が一緒に向かわせてもらう」
「まあ……こうなってしまったら仕方がありませんね。というわけで私が付き添いをさせていただきますよ」
(二人とも久々に顔を見た気がするぜ)
ファルスからやってきた両翼騎士団長のルザロ、エスヴェテレスから紫髪の騎士団員ブラヴァールが加わり、今度はこの五人でヴィルトディン王国へと向かうことになった。
しかし、そのヴィルトディンに「これからそっちに行きます」などとはもちろん言うことができない。
これからルギーレとルディアが行なうのは、正真正銘のスパイ活動であるからだ。
ヴィルトディン内部の情報は三カ国で共有され、それぞれが軍をどう動かすかを決める重要な任務であり、ギルドでは受けることはおろか見たこともない任務となる。
「本当に、何だか大ごとになってきちゃったわね」
「でもこれが成功すれば、三カ国のトップたちから直々に「二人のギルドランクをAにアップする」って言われたんだぜ?」
だったらやるしかないだろうと意気込むルギーレだが、現在のCランクから一気にジャンプアップするだけあってかなり難しいミッションだろう。
とにかくまずは無事にヴィルトディンに入れることを願って、五人は復旧した列車に乗り込んで北を目指し始めた。
第三部 完




