127.あの男、再び
「画家?」
「はい。頼まれていた絵を持ってきたと」
「ん? 俺……頼んだっけ?」
「ほら、三月ほど前に廊下が寂しいからって陛下が頼まれてましたよ」
ロナにそう言われ、シェリスは自分の記憶を辿ってやっと思い出した。
ここ最近は主にルギーレとルディアがらみでいっぱいいっぱいの状態が続いていたこともあって、画家に絵を頼んだこともすっかり忘れてしまっていたのだ。
「あー、そういや頼んでたな。でもすげえ時間がかかったんじゃねえか?」
「著名な画家の方に頼みましたからね。皇帝からの頼みであるとはいえ、他の方の依頼を終わらせてからという条件は譲れなかったらしいので、その分でこっちが待つという話になりましたから」
いろいろと国内で問題が起こっている今、正直言って絵などに構っている暇はなかったのだが、自分たちから頼んだということもあって追い返すわけにもいかない。
ルディアとロラバートとの会話で聞いていた通り、ヴィルトディンが例のワイバーンを始め多数の兵器を所有し始めているとなればこちらも早急に動かなければならない。
シェリスは応接室でロオンに絵を受け取るように指示を出し、自分はロナとともに再び執務や列車事故の調査の状況などを整理しなおすために執務室へと戻っていった。
「はい、それでは確かにこちらで」
『どうも。じゃあ僕はこれで帰りますから。またよろしく』
手短に用件を済ませて、画家を見送るために出入口へと案内するロオン。
だが、その途中でトイレに行くために騎士団員たちに無張られながら廊下に出てきたルギーレと遭遇した。
そしてその瞬間、画家が「あれっ?」と声を上げた。
「おっ……あ……あんた、あれ?」
『君、何でこんなところにいるの? 遺跡に向かったんじゃなかったの?』
「あー、いや、それがちょっとね……」
気まずそうに頭をかくルギーレだが、ロオンとしてはスパイ容疑のかかっている男と会話をさせたくないので、画家の背中を押して出入口へと促す。
「さ、こちらへ。この方とは関わらない方が賢明ですよ」
『え? でもこの人と僕は知り合いなんだよ。遺跡の話をしたのも僕だし』
「……何ですって?」
ロオンの雰囲気が変わるが、画家はそれでも平然とした態度を崩そうとしない。
『そのままの意味だよ。レイグラードの話だったら僕がしたんだよ』
「ご存じなのですか?」
『知り合いに聞いたぐらいだけどね。でも、この人からはすごい魔力を感じるよ。多分その知り合いが言っていたっていう宝玉を手に入れたんじゃないのかな?』
「……よろしければそのお話、もう少し詳しくお聞かせ願えますか?」
『あー、別にいいよ。その代わりご飯おごってよ。それからこの男が一緒じゃないと僕は話をしないよ』
「わかりました」
そこまで言われてしまっては、遺跡の話を聞けるのであればそうせざるを得ない。
用を足して戻ってきたルギーレを応接室に連れてこさせ、画家と三人で話をする。
「……そのお知り合いの方が、現在のレイグラードについているあの宝玉の話を?」
『うん。僕の古い知り合いでね。世界を放浪して学者をやっているんだよ。それからレイグラードについてもいろいろと研究しているみたいで、話を聞いたこともあるんだ』
ルヴィバーが使い手だったこと、ルヴィバーが無残な死を遂げたこと、その亡骸は繭だか闇だかに包まれて消えてしまったこと。もう一つの宝玉はどこにあるかは知らないこと。
そして、レイグラードは使い手を選ぶ伝説のロングソードであることを話した。
『どうもねえ、そのレイグラードってのは一度使い手を選ぶと死ぬまで離れようとしないんだよ。噂だと無理に奪い取っても、奪い取った人間の手からひとりでに離れて元の持ち主の手に戻ったりするんだって』
「あの遺跡で、槍使いのあいつが奪った時と同じじゃねえか」
『へぇ、じゃあ噂は本当だったんだね』
黒ずくめの男との遺跡でのやり取りを思い出したルギーレだが、レイグラードにまつわる話はもう一つあるらしい。
『でも、レイグラードは主への執着心が強いらしいよ。これも噂にしか過ぎないんだけど、ルヴィバーが死んじゃったのもそのレイグラードが離れたくないって思うあまり、彼を取り込んで消滅したって』
「もしかして、あの剣には心みたいなものが宿っているということですか?」
『そうなるね。まあ、本当かどうかはわからないよ。誰が生み出したのかもわからないんだし』
「そうですか……」
しかし、画家の話はレイグラードのことだけでは終わらなかった。
『でもさぁ、僕も風の噂でしか知らないんだけどヴィルトディン王国軍が動き出してるって聞いたんだよ』
「……どこでそれを?」
『ヴィルトディンに知り合いがいてね。それはそうと、ヴィルトディン軍はとてつもない兵器を手に入れたらしいね。それが全部動いたら周辺諸国はただじゃすまないかも。それこそ、不完全な状態だけどレイグラードの力を使わなきゃいけないかもね』




