115.待ち受ける数々のトラップ(その1)
愚痴聞き係の仕事を終えた翌朝、朝食を摂ったルギーレはテントを撤収して改めて洞窟入口の目の前に立った。
実はここに来るまでに、途中で命を落としてしまった冒険者だったのであろう人骨も何体か見て来ている以上、絶対に油断ができない。
剣士が三人連れ立って入っていく。まずは地元バーレンのカリフォンが先行し、続いてルギーレ、最後にリアンの順番だ。
「あいつが……あのシュヴィリスって画家が言っていた通りだとしたら、遺跡の過酷さはもしかしたら今まで通ってきた道の比じゃねえかもしれねえです」
「そうだな。だから俺たちは油断ができねえだろ」
「はい。何が待ち受けているかわかりませんから慎重に行きましょう」
前衛しか居ないのが気がかりだが、それよりも内部にあるトラップが気になるルギーレの耳にふとその時、ガサガサッと葉っぱが擦れるような音が聞こえてきた。
「……!?」
「あっ、ちょ……っと、急に止まらないでくださいよ!」
「あっ、すんません。でも今、何だか洞窟の外から変な音が聞こえませんでした? 草をかき分けるような……」
「え?」
自分が急に止まったことで背中にぶつかってしまったリアンからの非難を浴びるルギーレだが、それよりも彼には気になることがあったのだ。
その問いかけに戦闘を進んでいたカリフォンも足を止めて、一度外に出て様子を見てみる。
「……別に何も感じねえぞ? 人とか魔物とかの気配もしねえし」
「私も同じです。風で葉っぱが揺れて、その音が聞こえてきたとか?」
「うーん、そうなんですかねえ?」
とりあえず気の済むまで周囲の気配を探ってみる三人だが、カリフォンとリアンが言う通り音も気配もしない。
やっぱり自分の勘違いだったのか? ここに来る今まで戦い続けてきていて、普通の音にまで敏感な身体になっているのか?
ルギーレは首を傾げながらも、今はとにかく目の前の洞窟遺跡に挑戦することに再度意識を戻して、改めて中に進んでいった。
そしてその洞窟の中は、シュヴィリスの言っていた通り頭も身体も両方駆使しなければ進めないトラップで溢れかえっていた。
「くっそぉ、何だよこの部屋!!」
「無駄口叩かずに倒してください!!」
「しょっぱなからきついぜこりゃあ……」
三人の男たちがそれぞれの剣を振るう。
向かってくるのは多数の小型の魔物たち。一匹ずつは大したことがないのだが、黒い霧に包まれた状態で空中からすっと現れて次々に襲い掛かってくるので、ケリがつかないことに焦る三人。
いつまでこの戦いを続ければ終わるのだろうか。
洞窟の奥に進んだ場所に造られていた小部屋に入った途端、植物のツタによって二つある出入口が両方とも塞がれてしまった。
そして魔物たちの襲来である。
しかしその中で、カリフォンが最初に出入口の異変に気が付いた。
「あ、これ切っちまえばいいだけじゃねえかよ!!」
「え……」
そう、今までの戦いは全くの無駄だったのだ。
出入口が封鎖されてしまったとはいえ、植物のツタであるがゆえに炎で焼いてしまうか武器を使って切ってしまえばそこから出られる。
無限に湧き出てくる小型の魔物たちは無視して、さっさと出てしまえばよかったのだと今更になって気づいた三人。
戦うだけがこの遺跡を突破する条件ではないのだと、無駄に使ってしまった体力を回復させるために部屋の外に出て休んでから再度奥を目指す。
「さっき入ってきた出入口が向こうで、こっちの出入り口が奥に続いているから……何かないか俺が気配を探ってみましょうか?」
「ええ、そうしていただけると助かります」
武器の手入れを簡単に行いつつ、リアンがルギーレに頼んでみる。
頼まれた方のルギーレはレイグラードの補助によって遠くの気配まで探ってみるものの、今しがた抜け出てきた部屋を含めて生物の気配は自分たち以外に感じられない。
その部屋の魔物たちも、三人全員が部屋の外に出てしまったら煙のように蒸発して消えてしまった。どうやら、部屋の中に何者かが侵入すると魔物が現れる仕組みのようである。
「何もなしかよ。ってこったぁ、この先も何が起きるかわからねえな!」
「ええ。さすがは前人未踏の遺跡と呼ばれるだけのことはありそうですね」
内部には植物のツタが張り巡らされていたり、木が突き出ているところを見ると本当に突貫工事のレベルで造られた遺跡らしいが、その時ルギーレの耳がまた新たな音をキャッチした。
「……あれ? 今度は水の流れる音が聞こえてきますよ」
「水ですか?」
「ええ、今度は間違いありません。でもまだ先みたいですね。ザーザーと音がしますから川か何かが流れているんですかね?」
「ふむ、となるとこの洞窟の中には吹き抜けになっている場所か、湖みたいな場所がある可能性もありますね」
いずれにせよ、先に進んでみないことにはその水の流れる音の正体もわからないので、三人は体力が回復したのをお互いに確認して再び歩き始めた。




