111.奇妙なワイバーン
ワイバーンはその黒い身体を一気に翻して、大空へと上昇した。
これではラシェンは全く手出しができず、ロオンの魔術も届かない状態である。
「おいあんた、弓は持ってないのか!?」
「今はありません。それに弓を持ったとしても、あそこまで狙うのは射程距離外ですから無理ですよ」
「くそっ、人間の手の届かない場所に逃げる魔物は厄介だな!」
だが、ワイバーンもワイバーンのテリトリーで行動するのだから文句は言えない。
そんなワイバーンは上空で大きく旋回し、バサバサと翼を動かして位置を調整しながら再び列車の側面に降りてきた。
ロオンが魔術で再びワイバーンを引き付けようとしたが、今度はワイバーンが魔術を発動する方が早かった。
「え?」
「やばそうだぜ! 伏せろっ!!」
いや、それは魔術というよりも弾丸の嵐だった。
ワイバーンの口がパカッと開いたかと思えば、その口の中に見えたものはなんと小型の砲口。
明らかにこれは野生のワイバーンではない。ロオンとラシェンがそう思うのと同時に、砲口から弾丸の雨が列車に向かって放たれ、窓ガラスがバリバリと激しい音を立てて次々に割られていく。
それはまさに、無差別殺人という他に何もなかった。
ロオンもラシェンもそれぞれの国の騎士団員として活動して長いのだが、今までこんな恐ろしいワイバーンに出会ったことはなかった。
普通、ワイバーン口から出てくるものは魔術のブレス以外に何もなかったからだ。
「くっそぉ、何なんだよこいつはぁ!?」
「まずい、このままだと乗客が……!!」
ワイバーンから放たれる銃弾がチュン、チュンと音を立てて何発も屋根を掠めていく。
しかし、その狙いを見るに屋根の上にいる二人を狙っているのではなく、列車の乗客たちを狙ったものだということが分かった。
こんな無差別的な殺戮を放っておけるわけもないので、ロオンは携帯している魔晶石でネルディアにいるロナに援軍を要請する。
「こちらロオン!! 大至急私たちの乗っている列車に援軍をお願いします!! ワイバーンの襲撃なんですが、ただのワイバーンではありません!!」
「ありゃあ多分、俺たちファルスを襲撃してきた改造生物なんじゃねえのか!? いや、きっとそうに違いねえよ!!」
だったらあんな弾丸を連射してくるワイバーンが、この世の中にいるもんか。
そしてこの列車や自分たちが襲われた次は、もしかしたら皇都のネルディアが襲われるのではないか?
戦争でいがみ合っていた他国のことでありながら、自分たちの国がそうして襲われた過去の出来事を考えると決してあり得ない話ではない……とラシェンが思うのと同時に、ワイバーンに対する悔しさもこみあげてくる。
「くっそぉ、ここからじゃ俺たちは何も手出しができねえ!! 弓があれば何とか届きそうなんだけどよぉ!!」
「あいにくこの列車には、あそこまで届くくらいの砲台もありません……くっ!!」
普段の言動からは、ロオンは絶対に物に八つ当たりをしたりしない。
それだけ温厚で礼儀正しい彼が、履いているブーツの足の裏で思わず列車の屋根を蹴りつけてしまうほどに何もできない今の状況。
指をくわえてこのまま見ているだけなのか。あのワイバーンの気が済むまで殺戮を繰り返させてしまうしかないのか。
援軍が来るまでこの列車が持ちこたえられるのかもわからないままなのだが、それでも今はあのワイバーンに好きにさせることしかできなかった。
そして列車の客車内部では、ワイバーンの弾丸によって乗客たちに多数の死傷者が出ていたのである。
(何よあのワイバーン!? あれももしかして、黒ずくめの集団が差し向けた刺客!?)
今までの話の流れからするとそうだろう。
ルディアは何とか弾丸の雨から逃れながら、自分だったらどうするかを考えていた。
(普通の魔術だったらあそこまでの射程距離はない。弓でも多分このワイバーンまでの距離を稼ぐことはできない……となれば、風の魔術を纏わせたエネルギーボールを撃ち出して、あそこまで届かせるしかないわね!!)
こんな状況になってしまったら、もう乗客の安全を確保している余裕なんかない。
とにかく、周りの生き残っている乗客には窓から絶対に顔を出したりしないように伝えつつ自分の右手に風の魔術を生み出し、左手にエネルギーボールを生み出すルディア。
(私の魔術を甘く見てもらっちゃ困るのよ!!)
これでもヴィーンラディの国王から認められるほどのものなんだから、と自分の魔術に自信を持ちながら、ルディアは右手と左手を打ち合わせてその二つの生み出したものを合体させる。
そして猛スピードで走る列車の窓から顔を出し、エネルギーボールをワイバーンに向かって右手で全力投球した!!




