104.踏み倒しなんかさせねえぞ
ガッシャーンと、店内に派手な音が響き渡る。
「何だこの野郎!?」
「取り立てだか何だか知らねえが、容赦しねえぞ!!」
店内にいる騎士団員たちが一斉に色めき立つが、今しがた一人の絡んできた騎士団員をぶっ飛ばしたルギーレは胸を張って堂々と尋ねる。
「もう一度言うぜぇ。おい酒場のマスターさんよぉ、画家の人が困ってんだからさっさと金払えってんだよ」
出入り口から遠い場所に設置されている、酒場のカウンターの奥でグラスを磨いている酒場のマスターに向かって大声でそう言うルギーレだが、彼の目の前にマスターたちを慕って常連客となっている騎士団員たちや傭兵たちが立ちふさがる。
「ねえちょっと、ここのマスターさんは経営が苦しいのよ。それぐらいあなただってわかってあげなさいよ!」
「そうだぜ。社会のことも知らなさそうなガキのくせに、大人の世界に首突っ込んできてんじゃねえぞ?」
「わかったらとっとと失せやがれ! 酒がまずくならぁ!」
だが、そんなヤジが飛んだところでルギーレは引き下がるつもりは毛頭ない。
ここでスゴスゴと退散してしまったら、この先あのシュヴィリスから例の宝玉に関しての情報を永久に手に入れられなくなってしまう。
それだけはなんとしても避けなければならないので、ルギーレは強気で攻めることしか頭になかった。
「あん? 社会のことがわかってねえのはそっちの方じゃねえのか? 買ったものの金も払わねえで踏み倒してるような奴をてめーら全員庇うのかよ? そんなんだったら最初から絵画なんか注文するなってんだ。そして社会のルールがどーのこーのって笑わせてくれんぜ!!」
ルギーレのそのセリフで、色めき立っていた店の中の雰囲気が限界まで悪化した。
このクソガキに社会の厳しさを教え込んでやる!!
男女関係なく武器を構え、魔術の発動の準備をして立ち上がる全員だが、ここに乗り込んできたのはルギーレ一人だけではない。
「私たちもそうなると強硬手段に出なければなりませんよ?」
「そうだぞ。だから大人しく武器を下ろして大人しくしてやがれ。同僚だからって手加減はできなくなんぜ?」
「ああ。金払ってねえもんは買ったって言わねえ。強奪したってんだよ」
「そうよ。マスターに生活があるのはわかるけど、その画家の人だって生活があるのよ。だから大人しくお金を払えばそれで終わりじゃないのよ」
最初にここの用心棒を前蹴りで吹き飛ばしたクソガキの後ろに、四人の男女が控えている。
その四人もクソガキの仲間だと判断した酒場の仲間たちは、もう許さねえと一斉に襲いかかってきた。
やはり来るのかと思いつつ、ルギーレたちも応戦を開始する。どうせこの酒場の中にいる全員が敵なのだから、遠慮することはないと判断して。
「おらおらっ、どきやがれぇ!!」
「構いません、全員逮捕します!!」
踏み倒しをしたマスターも、それをかばう酒場の客や店員たちも全て同罪だということで、五人は大勢の人間たちを相手に大立ち回りを繰り広げる。
身体の大きなシャラードとグラルダーは、それぞれいつも使っている弓と槍を仲間に誤爆してしまわないように封印して体術とナイフのみで戦わなければならなくなった。
また、ロオンとルディアの魔術が使える人間たちはバックアップに回るのだが、ロオンは剣士としての一面もあるので前衛に立ち応戦する。
そしてルギーレはなるべく攻撃範囲の広い技を出さないようにしつつ、荒くれものが多いと情報を得ていたのでレイグラードを遠慮せずに振るう。
(……シャラードさんから習った、正確なロングソードさばきが役に立ってるぜ!!)
ルギーレはなかなか呑み込みが早いらしい。
あの、木に向かって何回も繰り返し正確に斬撃を繰り出し続けた甲斐があり、まだ粗削りな部分はあるものの前と比べて的確に向かってくる相手にレイグラードをふるうことができている。
そして、シャラードやルディアを相手に模擬戦をやったこともあってむやみに突っ込んでいくことはせず、危ないと思ったら一歩退くこともできるようになっていた。
とびかかってきた相手をバックステップで回避し、着地後の隙を狙って反撃。
打ち合いになればレイグラードの身体能力向上に助けられつつも、相手の攻撃を読んで正確に急所を狙う。
そうして一人、また一人と敵を倒していき、気が付いてみればルギーレの周りを始め酒場の店内にはうめき声をあげて地面に転がっている多数の人間たちの姿があった。
だが、ロオンはまだ戦いは終わっていないと察した。
「変ですね。マスターの姿が見当たりません」
「え? あれ……そういやどこいったんだ?」
「手分けして探しましょう。もしかしたら騒ぎに乗じて逃げられてしまったかもしれません!!」
これは迂闊だった。
相手が多いので全力で反撃しなくてはいけなかった分、広い視点で状況を把握できていなかった。
五人はすぐさまマスターの行方を探し始めたが、その中でグラルダーがいち早く彼の行き先を把握した。




